2015年8月22日土曜日

天津大爆発の謎(6):なぜ住民死者が驚くほど少ないのか、犠牲者1000人以上の可能性

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CCTVの報道特集番組『焦点訪談』
【日本語字幕】削除された央視《焦点訪談》20150817
2015/08/19 に公開
恐らく天津大爆発の中心地に神経ガスの濃度が非常に高いという真実をもらしてしまった­央視《焦点訪談》、2015年8月17日に放送されてすぐ公式サイトから削除された回­。


現代ビジネス 2015年08月23日(日) 福島香織
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44874

天津大爆発 習近平政権が隠蔽する「5つの真実」
~実は犠牲者千人超、経済政策の失敗をうやむやに?



■厳しい情報統制と乱れ飛ぶデマ

 2015年8月12日深夜、天津市の浜海新区で、死者・不明者200人、負傷者700人を超える大爆発が起きた。

 天津港の埠頭に近い化学薬品倉庫で火災が発生、消防隊が消火活動にあたっていたところ、火柱とキノコ雲が立ち上るような大爆発が2分間の間に4回起き、その爆風は3キロ離れたマンションの窓や壁もぶち抜いた。

 現場の倉庫には保管許可量24トンを30倍近く上回るシアン化ナトリウム700トンほか、
 硝酸アンモニウム800トン、
 硝酸ナトリウム500トン
といった危険化学薬物が3000トン以上保管されていた。
 爆発後は周辺の水中のシアン化ナトリウム濃度は基準値の277倍となり、爆心地から6キロも離れた河の水面は死んだ魚に埋め尽くされた。

 事件直後から厳しい報道統制が敷かれているため、正確な情報が伝わってこない。
 中国メディアは新華社の共通原稿を使用することしか許されず、独自取材を禁じられた。

 ネット統制も厳しく、事件発生3日間だけで、50以上のサイトが「デマ情報を流した」として閉鎖させられ、デマを流したとされるネットユーザーの拘留も相次いだ。 

 デマが流れる背景には、この事件の全容がなかなか明らかにならないからだ。
 多くのネットユーザー、市民たちは、
 「当局が何か隠蔽しているのではないか」
と疑っている。
 では、何が疑われているのだろうか。

■疑惑① 正確な死傷者数が隠蔽されている

 爆発は半径3キロに及び、その範囲に15ヵ所以上の居民区があった。
 正式に登録されていない出稼ぎ者のバラックなども灰になっている。
 死者・不明者・負傷者合わせて1000人未満というのはあり得ない
と多くの人が思っている。

 海外の華字ネットニュースなどは犠牲者1400人以上の可能性を流しており、
 少なからぬ市民たちが当局発表よりそちらの数字を信じている。

■疑惑②環境への悪影響の過小評価

 事件から1週間目、初めて雨が降ったが、その水に爆発で飛散した化学薬品が反応し、爆心地周辺の路上が泡だらけになった。
 この水に触れて、痒みなどの刺激を訴える人も続出。
 CCTVが一瞬、消防関係者の話として
 「大気中に神経ガスが検知された」
と報じ、すぐさま否定したことは、あたかも当局者が何か隠蔽しているような印象を視聴者に与えた。

 倉庫には化学兵器の材料など軍事物資も保管されていたのではないか、という疑念も生まれた。
 環境保安当局は20日、天津爆発の環境観測データに一切虚偽はないと発表したが、「虚偽がない」と強調されればされるほど、市民に不安を与えている。

■疑惑③政治的責任問題の隠ぺい



 今回の爆発事故を招いた「政治的責任問題」について、何か隠蔽されているのではないか。

 中国の規則では、まず危険な化学薬品倉庫の周辺1キロに、公共インフラ施設や居民区があってはならない。
 だが、現実には事故現場の1キロ圏内に高速道路の高架やモノレール駅や大手デベロッパー「万科集団」が開発した高級マンション群がある。

 また、天津安全管理当局は、倉庫の中身の化学薬品リストを把握しておらず、しかも倉庫内は認可の何十倍もの量の危険化学薬品が保管されていた。

 こうした違法行為がまかり通る背景には、必ず企業と官僚の癒着・腐敗があるはずだ。
 目下、新華社などが報じているところでは、倉庫の所有者は「瑞海国際物流有限公司」という、2012年に出資金1億元で設立された民間物流企業で、株主として登録されている李亮、舒錚という二人の男は単に名義を貸していただけだ、とのことだ。

 本当に出資し企業の実権を握っているのは、元天津港公安局長の息子の董社軒と中央企業「中化集団」の天津支社副社長を2012年9月に退職した于学偉という男たちだという。
 二人は酒席で出会い、化学危険物の扱いを熟知している于学偉と、天津湾公安局にコネのある董社軒が組んで、危険化学品物流会社を設立。
 危険な化学製品の取り扱いは認可制で、競合他社が少ない分、市場がほぼ独占できるため、大きな利権となる。

 于学偉は、2012年に汚職で失脚した中化集団天津支社の元社長・王飛の有能な部下で、この汚職にも関わっていたようだが、王飛が逮捕される前に、中化集団で培った人脈と部下と顧客を引き抜く形で独立。
 中国の捜査当局は于学偉、董社軒ら瑞海国際物流幹部10人の身柄を拘束した。

 また、国家安全生産監督管理局長で2012年5月上旬まで天津市副市長であった楊棟梁を「重大な規律違反」で身柄拘束した。
 楊棟梁は、天津時代、ペトロチャイナなどと組んで天津の石油化学プロジェクトを推進し、習近平国家主席の政敵で、すでに失脚した石油閥のボス・周永康と昵懇である。

 つまり、習近平政権は、この人災事故の政治責任を周永康閥の官僚に押し付けて、政治責任問題として幕引きしたい考えのようだ

 だが、本当に彼らだけに責任があるのか。
 2008年から天津市長を務め、昨年暮れから代理書記も兼務している黄興国は全く関与していないのか。
 黄興国は習近平が次の党大会(2017年)で政治局入りさせたいと考えている習近平閥のホープの一人であり、彼の立場を守るために何らかの情報を隠蔽しているのではないか。

■疑惑④事件と権力闘争の関連

 習近平は、この事件を権力闘争に利用しようとしているのではないか、という疑いがある。

 事故現場となった浜海新区開発は政治局常務委・張高麗が天津市党委書記時代に推進したプロジェクト。
 だが、2014年早々、この浜海新区がゴーストタウン化し、事実上頓挫していることが党内部で問題になっていた。

 内部会議で、天津市は5兆元の債務不履行に陥り実質財政破綻しており、その責任が張高麗にあるのだと、副首相・汪洋から批判されたという話も漏れ伝わっている。
 張高麗は習政権の副首相で、経済政策の柱の一つである「北京・天津・河北省一体化政策(京津冀一体化)」の責任者だ。

 実のところ習近平は、政敵である江沢民派(上海閥)に属し、石油閥でもある張高麗を信頼しておらず、天津の経済政策失敗のツケを払わせる心づもりだった、という見方もある。

 2015年7月24日、河北省党委書記で周永康の元秘書・周本順が「重大な規律違反」で失脚したことで、京津冀一体化政策はますます停滞している。
 浜海新区開発の頓挫、京津冀一体化政策の遅延、そして今回の天津大爆発の政治責任の矛先を、上海閥で石油閥の張高麗に向けることで、天津の財政破綻問題を「爆発事件の影響」としてカモフラージュするのではないか。

■疑惑⑤事故は自然発生的なものなのか

 今回の爆発事件は偶発的なものではなく、誰かに仕組まれたのではないか、という疑いがある。
 爆発の最初の原因となった倉庫火災がどうして起きたのかは未だ不明である。
 一時期、車から発火した、というウラの取れない噂が広がった。
 そこでテロ説、あるいは
★.習近平の政敵が、習近平政権をゆさぶるために仕掛けたという陰謀説
で流れている。

 最大の疑惑は、数々の疑いが
★.政権への不信感と批判に転じていくのを、
 習近平政権は報道統制と言論封鎖だけで防ぐことができるのだろうか、
ということだ。
 報道の自由と言論の自由、そして法のもとの平等以外の方法で、人々の不安を解消し政権への信頼を取り戻すことは無理ではないか。

福島香織 ふくしま・かおり ジャーナリスト。大阪大学文学部を卒業後、産経新聞に入社。上海・復旦大学に語学留学し、01年に香港、02~08年に北京で産経新聞特派員として勤務。09年に産経新聞を退社後、ジャーナリストとして活動。中国政界・経済界の裏側を取材、分析している



ダイヤモンド・ザイ 2015/8/21 18:10 橘玲
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150821-00077149-dzai-nb

少ない死傷者、鬼城化した街…
報道では伝わらない実態とは?

 8月12日、天津市沿海部の浜海新区で大規模な爆発事故が起きた。

 浜海新区は渤海湾に面した天津港を中心とした総面積2270平方キロの広大な開発区で、
★.敷地面積は東京23区より大きい。
 今回の事故が起きたのは天津港に近い中心部で、東京でいえば東京湾から銀座・丸の内にかけての一帯になる。

 1週間たった現在でも事故の全容は明らかになっていないが、死者は約120人、行方不明者が約100人で、その多くが消火にあたった消防士だったようだ。
 彼らは火災現場に危険化学物質が貯蔵されていることを知らされておらず、放水が爆発を引き起こしてその犠牲になった。

 だが、ここでこんな疑問を持つ人もいるのではないだろうか。

 天津は中国の直轄市のひとつで、域内人口は1500万人を超える。
 その新開発区の中心で大事故が起きたわりには、あまりに死傷者の数が少ないのではないか。

 私は『橘玲の中国私論』の取材で昨年5月、この浜海新区を訪れている。
 そこで、報道では伝わらない実態を紹介してみたい。

■爆発現場は浜海新区は「天津」からは40キロ離れている

 天津市の中心部から浜海新区は40キロほど離れており、
 東京と横浜の位置関係だから、これを「天津」爆発というのは若干の語弊がある。
 実際、天津のひとたち浜海新区を「天津」とは思っていない。

 天津市と浜海新区は高架鉄道・津浜軽軌で結ばれている。
 今回、事故が起きたのはこの鉄道の終点にあたる東海路駅のすぐ近くで、その南側一帯がビジネス特区だ。

 天津新都心の開発は1986年、中央軍事委員会主席・鄧小平がこの地を訪れ、「開発区大有希望(開発区には大いなる希望がある)」の書をしたためたことから始まった。
 このことからわかるように、
★.天津経済技術開発区は鄧小平が領導し、国家と共産党の威信をかけた一大事業だ。

 2002年、同市出身の温家宝が首相(国務院総理)に就任すると天津の開発は加速する。
★.そして2006年、天津市は600億元(約1兆円)を投じ、「東洋のマンハッタン」を生み出すべくビジネス特区の建設に着手
した。

★.この「東洋のマンハッタン」は、今回の事故の2キロ圏内に収まっている。
 そこがどのようなところかは、写真を見てもらうのがいちばんだろう。

 ご覧のように、この一帯は建築途上の高層ビルが放棄されゴーストタウン(鬼城)と化している。
 国家の威信をかけたビジネス特区のプロジェクトは、わずか2棟が完成しただけで、
 2年間の建設ラッシュのあとにすべて止まってしまった
のだ。

 下は、「東洋のマンハッタン」計画がどうなったのかを象徴する建物だ。
 外装までは終わったものの、近代的なビルから窓が剥落しつつある。



 爆発の規模にもかかわらず死傷者の数が少なかったのは、
 もともとここには誰も住んでいなかった
からだ。
 被害がトヨタなどの工場や商業施設、高層アパートなどに集中しているのも当然で、ビジネス特区のビルも甚大な損傷を被ったのだろうが、最初からなんの価値もないのだから、爆発で吹き飛ぼうが、化学物質で汚染されようがどうでもいいのだ。

 逆にいえば、倉庫業者は周辺の会社や住民の苦情を気にする必要がなく、ずさんな管理で危険な化学物質を貯蔵しても問題ないと考えたのだろう。

■浜海新区は、全体がほぼ“鬼城”化している

 天津の浜海新区は驚くべきことに、その全体がほぼ“鬼城”化している。
 そのなかの数少ない例外が、事故現場となった東海路駅のひとつ手前の会展中心駅だ。

 ここには国際会展中心(コンベンションセンター)があり、私が訪れたときはアニメのイベントが行なわれていて、平日にもかかわらず若者たちですごい熱気だった。

 会展中心駅の周辺にはイオンのショッピングセンターのほか、サッカー場や体育館、シネコン(複合映画館)などがつくられ、伊勢丹のある泰達(テダ)駅周辺と並んで、ビジネス新区のなかではもっとも開発が進んでいる。
 爆発現場から南西2キロほどのこの地区の高層アパートが被災し、住民たちが避難を余儀なくされた。
 報道でこの地区だけが取り上げられるのは、ここにしかひとが住んでいないからだ。

 爆発を起こした倉庫には、水分と反応すると青酸ガスになるシアン化ナトリウム700トンをはじめ、計3000トンもの危険化学物質が貯蔵されていたとされる。
 今回の事故の最大の衝撃は、飛散した有毒物質の影響でこの一帯が居住できなくなる恐れがあることだ。
 天津市は会展中心を基点に開発を軌道に乗せようと苦慮してきた。
 その努力が無になれば、浜海新区全体が完全な鬼城と化して、市政府には巨額の債務がのしかかるだろう。

 報道によると、天津市の直接負債は同市の年間財政収入(2013年)の1.28倍に上る2246億元(約4兆3572億円)に上り、融資平台などを使って調達した資金を加えるとその総額は5兆元(約97兆円)を超えるという。
 中国国務院の会議で、汪洋副首相が「天津市は実質上破産している」と発言したとも報じられた。

 上海市場の株価暴落や人民元の切り下げなどで中国経済の減速が明らかになったが、この国の経済の“時限爆弾”は地方政府が抱える膨大な債務だ。

 中華人民共和国審計署(日本の会計検査院に相当)の発表では、2013年6月末時点の政府債務残高の合計は国内総生産(GDP)の50%程度に相当する約30兆2700億元に達し、そのうち地方政府の債務残高が17兆9000億元(GDP比約30%)で全体の約6割を占めた。
 10年末の10兆8000億元(同27%)に比べて約7兆元も増えており、その資金の多くは「地方政府融資平台」を通じて借りられている。
 こうした債務は償還時期が迫っており、15年末までに債務残高の約半分、16年末には約65%が期限を迎える。(内藤二郎「中国経済の行方 地方債務問題 解決程遠く」(2015年8月19日「日経新聞」朝刊「経済教室」)。

 今回の事故をきっかけに天津市政府の破綻状態が表面化することになれば、中国経済に与える影響は甚大なものになるだろう。

 橘 玲(たちばな あきら)
  作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊



2015年08月24日(月) 近藤 大介
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44854

【天津大爆発の真実】
爆心地には巨大な「毒ガス池」、
消されたスクープ映像、
狙い撃ちされた「隠れ江沢民派」
習近平、江沢民派撲滅にリーチ!?


●13日に撮影された爆発現場 〔PHOTO〕gettyimages

「これは人災だ!!」

 中国時間8月12日深夜11時半に起きた天津の大爆発事故が起こった後、私のスマホの「微信」(WeChat)が次々に鳴り出し、朝には中国からのメッセージで一杯になった。
 その中で、一番多かったのが、上記の怒りだった。

 人口1500万人の中央直轄地である天津で起こった事故だけに、隣接する2100万北京市民も含めて、近隣住民たちの怒りが爆発したのである。

 まさにムンクが描いた『叫び』のような光景が、現実のものとなってしまった。
 事故から2週間近く経って、阿鼻叫喚の修羅場は収まりつつあるものの、連日の雨が地下の有毒ガスと化合し、市内のあちこちで不気味な煙が立ち上っている。
 現場付近はいまだに防毒マスクを着用しないと近寄れず、世界第4位の取扱量を誇る天津港は、復興のメドすら立っていない有り様だ。

 事故から一週間余り経った20日に、天津市政府は「死者114人、行方不明者69人」と発表した。
 爆発の規模から見ても、実際にはこんなものであるはずがない。
 いわゆる「大本営発表」というものだろう。

■決死の覚悟で撮影された「迫真現場」はすべてお蔵入り

 今回の惨事は、いまの中国が抱える多くの問題を露呈させた。その一つが、メディア規制である。
 中華人民共和国憲法第35条は、こう謳っている。
〈中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する〉

 だが今回の中国当局は、憲法違反を犯しまくりである。
 日本の国会では野党が有事法制を憲法違反だと詰め寄っているが、中国政府の憲法違反はそんなレベルではない。

 私は北京駐在員時代に、北京とは異なる天津の文化が好きで、ほぼ毎月通っていた。
 今回事故があった天津濱海新区は、新区の政府から企業まで取材して本にまとめたこともある。
 天津ラジオでは日本の政治経済の解説をしたし、天津人の知己も多い。
 そんな天津のジャーナリストの知人の一人が、次のような怒りのメッセージを送ってきた。

 「天津テレビの取材クルーが事故現場に真っ先に入り、この世のものとは思えない現場の地獄絵を撮影している。
 そこには、大量の遺体も含まれている。
 その数は1000人を超えていたかもしれない。
 何せ3000tもの危険化合物が爆発しており、無残な屍が四方八方に転がっていたのだ。

 中国共産党中央宣伝部と国家新聞出版広電総局からすぐにお達しが来て、『取材ビデオはすべて中国中央テレビ(CCTV)に差し出せ』と命じられた。
 没収された数は、約150本に上った。

 ところが、中央テレビの番組を見て唖然とした。
 天津テレビが決死の覚悟で取材・撮影した『迫真現場』はすべてお蔵入りにされ、『愛と感動の救出物語』にすり替えられていたからだ。

 新聞や雑誌メディアも同様に、『新華社通信以外の報道をしてはならない』とお達しが来た。
 そこで彼らの選択肢は二つとなった。
 すなわち、『愛と感動の救出物語』を連日報じるか、そうでなければ何も報じないかだ」


●15日に空撮された爆発現場の全容 〔PHOTO〕gettyimages

 私もあの事故の翌朝から、気になってずいぶんと中国のテレビやインターネットニュースを見たが、なかなか真実は伝わってこない。

 そんな中、一本だけ傑出した報道番組があった。
 それは、8月17日夜7時38分から15分間放映されたCCTVの報道特集番組『焦点訪談』だった。
(注:巻頭のビデオ)

 番組のほとんどは、爆発現場となった天津濱海新区にある瑞海公司の倉庫周辺への取材に費やされた。
 まるでオウム真理教のサティアンに入っていくかのようで、ここまで核心に迫った現場取材は初めてだという。

 番組はまず、北京から駆けつけた北京公安消防総隊核生物化学処理部隊26人に密着取材するところから始まった。
 同部隊の呂峥参謀が、
 「わが部隊の誇る最新観測車で、化学危険物から生物病菌まで何でも調べられる」
と胸を張る。

 番組の記者は、爆発現場から500mの所まで行って、採取現場を密着取材した。
 30分しか呼吸がもたないという防護服に身を包んで、猛毒に蝕まれた地面を匍匐前進していく姿は、まさに戦場だ。
 採取現場から戻ってきた同部隊の李興華副参謀長が、汗をかきながら証言する。
 「昨日も今日も、同じ猛毒ガスのシアン化ナトリウムと神経ガスが検出された。
 しかもどちらも危険水準の最高値を記録した」

 神経ガスと言えば、日本人が思い起こすのは、20年前にオウム真理教が地下鉄に撒いたサリンだろう。
 神経ガスは、化学兵器禁止条約(CWC)によって生産と貯蔵が禁止されている。
 そんな危険物が港近くの倉庫に、なぜ大量に保管されていたのか?

 さらにこの番組の記者は、公安部消防局の牛躍光副局長にインタビューする。
 牛副局長は、爆発した瑞海公司の巨大倉庫の配置図を黒板に描いて、内部のどこに何が保管されていたのかを、初めて詳細に述べたのだった。
 それは、次のようなものだった。

○運抵庫:硝酸アンモニウム、硝酸カリウム、シアン化ナトリウム、Pフェニレンジアミン、ジメチルアニリン
○重箱区:ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化チタン、ギ酸、酢酸、ヨウ化水素、メタンスルホン酸、炭化カルシウム
○中転倉庫:硫化水素ナトリウム14t、硫化ナトリウム14t、水酸化ナトリウム74t、無水マレイン酸100t、ヨウ化水素7.2t
○危険化学品1号倉庫:硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、珪化カルシウム、ペンキ630ケース
○危険化学品2号倉庫:硫化ナトリウム、メタンスルホン酸、シアノ酢酸、アルキルベンゼンスルホン酸
○通路:マッチ10t、珪化カルシウム94t

 これだけの危険物が、12日の晩に一気に爆発したのである。
 まさにこの世の地獄絵だ。
 その跡地には、サッカースタジアムの半分くらいの「毒ガス池」ができ、危険なので人民解放軍が周囲に築いたという1mくらいの高さの堤が映っていた。

 最後にテレビカメラは、この地域にたった1ヵ所しかないという汚水処理施設を映し出した。
 なんだかオモチャのような施設だ。
 こんなところで、あれほど毒物まみれになった汚水をきちんと分解処理できるとは、とても思えない。
 おそらく地下水による二次被害は、大変なものとなるだろう。
 実際、近くの川では、大量の魚の死骸が浮いている。

 『焦点訪談』は、わずか15分の番組だが、大変素晴らしい内容だった。
 中国国内でも、大きな反響を巻き起こした。

■放映自体がなかったことに!

 ところがである。
 またもや中国共産党中央宣伝部と国家新聞出版広電総局が、放映された翌日に、この番組のインターネット版を削除してしまった。
 この番組について感想を述べたりしたサイトも、すべて強制削除された。

 いまやCCTVのホームページを見ても、毎日テーマを変えて放映している『焦点訪談』が、17日と18日だけ放映されなかったことになっているのだ。
 あの素晴らしい報道番組は、「神隠し」に遭ったかのようだ。

 さらに党中央宣伝部と新聞出版広電総局は、中国全土のメディアに、直ちにこの証言を否定する報道をするよう指令を出したという。
 そのため、もとの番組がなかったことになっているというのに、その内容を否定する記事だけが大量発生するという奇妙なことが起きたのだった。

 「微信」には、「政府はインターネットを消すヒマがあれば、現場の火を消せ!」といった批判の書き込みが相次いだ。
 ちなみにこうした書き込みも、20分くらいすると削除されてしまったが。
 14億人の言論統制の現場もまた、戦場のようなものかもしれない。

 そんな中、李克強首相が現場を視察した8月16日、前出の天津のジャーナリストが、皮肉を込めた「微信」をくれた。

 「事故から4日目に、ついに李克強首相が視察に訪れたことで、われわれ天津市民はようやく安堵した。
 天津は北京の外港で、その距離はわずか130㎞しかなく、車を飛ばせば1時間半で来られる。
 前任の温家宝首相なら、事故の翌朝に駆けつけてくれたに違いない(筆者注:天津は温家宝首相の故郷)。 

 それが李克強首相は、なぜ天津入りまで4日もかかったのか。
 それは察するに、毒ガスに汚染された現場の空気を吸いたくなかったからだろう。
 同様に習近平主席がいまだに来ないのは、暗殺を恐れているからだ。
 そのため李克強首相がついに現れたことで、われわれは『ああ、天津の空気はもう大丈夫なのだ』と、ホッと胸を撫で下ろしたのだ」

 やはり現地の人に聞いてみないと、分からないことはあるものだ。
 楊棟梁局長の失脚は単なる「生け贄」か?

 興味深いことは、他にもある。中国共産党中央紀律検査委員会は、事故から6日が経過した8月18日、国家安全生産監督管理総局の楊棟梁局長に対して、「重大な規律・法律違反の容疑で調査を開始した」と、ホームページで発表した。

 楊局長はその二日前に、李克強首相に同行して、天津を訪れたばかりだった。
 インターネットでCCTVの映像を確認したが、逢沢一郎自民党議運委員長そっくりの顔をした楊局長の姿が、李首相のすぐ後ろに映っている。

 この楊局長の失脚を、どう見るべきか。
 表向きには、楊局長が拘束される理由はある。
 国家安全生産監督管理総局長として、重大事故を防ぐ責任者の立場にありながら、防げなかったからである。

 だが、楊局長は北京にいて、日本の25倍もある中国全土の安全な生産現場を管理監督しているのだ。
 このポストにいたから引っ捕らえて拘束するというなら、このポストに就く人物は、誰もが監獄に直結していることになる。

 天津市民が騒ぐので誰か幹部の「生け贄」が必要だった、という見方もできる。
 だがそれならば、黄興国・天津市党委書記代理以下、天津市の幹部たちが拘束されて然るべきだ。
 だが8月21日現在、拘束されたのは、爆発した倉庫を管理していた瑞海公司の幹部たちだけだ。

 ここからは、私の見立てである。
 おそらく天津市民同様、習近平主席の怒りが炸裂したのではないか。

 習近平主席と江沢民元主席が現在、仁義なき権力闘争を繰り広げていることは、先週のこのコラムに記した通りだ。
 習近平主席としては、この天津の爆発事故を利用して、一気呵成に江沢民一派を一網打尽にしてしまおうと決意したのではなかろうか。

■「トップ7」を侮辱する書き込みが放置されるワケ

 内外のテレビ映像を見ていると、今回の爆発事故を受けて天津で抗議している市民たちの中に、次のように叫んでいる人たちを認めた。

「張高麗を打倒せよ!」

 張高麗とは、党中央政治局常務委員(共産党序列7位)兼筆頭副首相のことだ。
 中国では、"神聖にして犯すべからず"な存在である「トップ7」のことを、白昼堂々と「打倒せよ!」などと叫ぶこと自体、かなり勇気がいることだ。
 だが、彼らが直ちにひっ捕らえられたようにも見えない。

 張高麗党常務委員は、2012年11月の第18回中国共産党大会で常務委員に抜擢されるまで、5年間にわたって天津市党委書記(市トップ)を務めてきた。
 そして、張高麗天津市党委書記時代に、その忠実な下僕として仕えてきたのが、今回捕えられた楊棟梁局長だったのだ。

 楊棟梁は1954年、河北省青県生まれで、18歳で地元の大港油田に就職した。
 同社の「32210隊」の工員に配属され、そこから石油業界で、一歩一歩のし上がって行った。

 1994年に天津聯合化学有限公司の副社長になり、天津に進出。
 2001年には天津市副市長に就任した。
 2004年からは、天津市の土地開発利権を握る市国有資産監督管理委員会主任も兼ねている。
 天津市副市長を11年務めた後、2012年5月に、国家安全生産監督管理総局長として北京に赴任した。
 これも張高麗の推薦によるものと推察される。

 張高麗もまた、石油閥出身だ。
 1946年に福建省晋江生まれだが、福建大学を卒業後、石油省の広東省支部に就職した。
 以後、広東省の石油官僚として32年間を過ごした。
 そして広東省党委副書記兼深圳市党委書記を最後に、2001年に山東省に党委副書記として転身。
 2003年から2007年まで山東省党委書記、そして2007年から2012年11月まで、天津市党委書記を務めた。

 「ロボット官僚」というニックネームを頂戴している張高麗が、ここまで大出世を遂げたのは、ひとえに江沢民元主席と曽慶紅元副主席の忠実な下僕として、広東省利権をこの二人に捧げてきたからに他ならない。
 その結果、2012年11月の第18回中国共産党大会で、「トップ7」の最後の一枠に、江沢民が強引に張高麗を押し込んだというわけだ。
 その辺りの事情は、拙著『対中戦略』や『日中「再」逆転』に記した。

 それから3年近くが経つ現在、習近平主席は、江沢民一派を一網打尽にしようとしている。
 すでに周永康前党常務委員、薄煕来前中央政治局員、徐才厚前中央軍事委副主席、郭伯雄前中央軍事委副主席……と、江沢民派の超大物クラスを、「腐敗分子」の汚名を被せて次々に失脚させてきた。

 いまや習近平主席としては、党常務委員会で横に座っている、この「隠れ江沢民派」の張高麗を、早く失脚させてしまいたいのである。
 習近平流の追い落とし術は、まずは追い落としたい幹部の周辺からひっ捕らえていく。
 その意味では、楊棟梁が捕えられた時点で、張高麗にも黄信号が灯っているのだ。

 最近、中国のインターネット上で、張高麗は「張高利」という蔑称で、ヤリ玉に上がっている。
 「高麗」と「高利」は同じ「ガオリー」という発音なので、さも「高利貸し」のような腐敗政治家を想起させる蔑称で呼んでいるのである。

「張高利が捜査を受けたぞ」
「これはガセではない。
 天津の庶民はバカではないのだ」
「張高利は、国と民に災いをもたらして財を成した典型だ。
 死んでしまえ」
「大人(たいじん)の習近平主席を支持しよう」

 そのような書き込みが、ネット上に散見されるのだ。
 天津の街頭と同様、本来なら「トップ7」をここまで侮辱する書き込みをすれば、すぐに公安がスッ飛んできて逮捕されるはずである。
 それがここまで野放しにしているということは、むしろ習近平政権が「奨励」しているからだと見るべきだろう。

 ちなみに、こうした書き込みをしているのは、俗に「五毛党」と呼ばれる人々である。
 習近平政権が望むことをネット上に1回書き込むごとに、中国共産党から5毛(約10円)もらえると言われることから(真偽のほどは不明)、そう呼ばれているのだ。

 ともあれ習近平主席としては、天津の爆発事故にかこつけて、張高麗最側近の楊棟梁を拘束することで、張高麗に警告を与えたのではなかったか。
 つまりは、
 「いますぐ江沢民・曽慶紅と縁を切って、彼らのこれまでの悪行を吐け。
 さもなくばこの天津の一件で、次はお前の番だぞ」
というわけだ。


●2012年11月15日、第18期1中全会後の記者会見に臨んだ現在の「トップ7」。後列一番手前が張高麗 〔PHOTO〕gettyimages

■「事故の責任者を一人も漏らさず徹底追及する」

 実際、習近平主席は8月18日午後、中央全面深化改革指導小グループの第15回会議を招集した。
 この「小グループ」のグループ長は習近平主席で、副グループ長は、李克強首相、文化宣伝を担当する劉雲山党常務委員(共産党序列5位)、それに張高麗党常務委員である。

 この席で習近平主席は、監査監督、人民法院(裁判所)、人民検察院などの「責任制」について強調した。
 要は、「私が捕まえろと言った幹部は必ず捕まえろ」ということの確認だろう。
 習近平主席の横に座った張高麗は、さぞかし肝を冷やしたに違いない。

 その2日後の8月20日午前、習近平主席は今度は、党中央政治局常務委員会を招集した。
 その目的は「8・12天津港瑞海公司の危険品倉庫特別重大火災爆発事故の救援と応急処置の状況について聴取するため」としている。

習近平主席は、この常務委員会で、次の7点を強調した。

1):引き続き人命救助を最優先する
2):医療態勢を強化する
3):危険物を適切に処理する
4):大気・土壌・水質の計測を強化する
5):犠牲者の遺族に保障を与える
6):公開と透明性の原則で情報発信を強化する
7):事故の責任者を一人も漏らさず徹底追及する

 表向き、しごくまっとうなことを述べているが、察するに、習近平主席が本当に言いたかったのは、最後の7番目ではなかったか。
 中国共産党の会議では、本当に言いたいことをおしまいにそっと紛れ込ませるというのは、ままある手法である。

 つまり習近平主席は、横に座っている張高麗に対して、「最後の警告」を与えたというわけだ。

 そもそも、このような重大案件がある場合、通常なら「トップ25」、すなわち党中央政治局会議を招集するはずである。
 習近平主席は7月には、「トップ25」を2回も招集している。

 「トップ7」が開かれることもあるが、その場合は通常、非公開である。
 それがなぜ今回は、「公開のトップ7」だったのか。

 私の読みは、習近平から張高麗への「最後通牒」だった、というものだ。
 張高麗が寝返ったら、それをもとに、張高麗の上にいる長老の曽慶紅元副主席を失脚させる。
 曽慶紅を打倒した日こそが、江沢民派滅亡の日に他ならないからだ。

 逆に張高麗が靡(なび)かない場合は、天津爆発事件に連座して、「天津張高麗利権」を白日の下に晒した上で、張高麗党常務委員兼筆頭副首相を解任し、監獄にぶち込む。
 現役の常務委員の失脚は前例がないが、そんなことを気にする習近平主席ではない。

 そうなった場合、後任には、最側近の栗戦書党中央弁公庁主任を抜擢するだろう。
 習近平主席が見据えているのは、あくまでも、2年後に控えた第19回中国共産党大会だからだ。

 ともあれ、あの天津の大事故の裏でも、中南海では血みどろの権力闘争が繰り広げられているのである。