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ダイヤモンドオンライン 2015年8月28日 小川たまか [編集・ライター/プレスラボ取締役]
http://diamond.jp/articles/-/77471
日経のFT買収は序曲!?
「メディア大再編」は本当に起きるのか
近い将来、メディアの大再編が加速するのではないか――。
7月下旬に報じられた、日本経済新聞社による英フィナンシャル・タイムズの国境を越えた買収劇以降、そんな話がまことしやかに語られるようになった。
確かに、デジタルビジネスを軸としてグローバルで覇権を競おうとするオールドメディアの離合集散が、今後起きないとは言い切れない。
だが世間では、具体性や根拠のない憶測ばかりが語られている観がある。
「メディア大再編」は本当に加速するのだろうか。
その真贋を探る。(取材・文/プレスラボ・小川たまか)
■国境を越えた日経のFT買収、メディア大再編は加速するか?
●デジタル化を軸とした「メディア大再編」は加速するのだろうか。その真贋を探る
日経がFTを買収――。
7月下旬、そのニュースは驚きを持って迎えられた。
英国の著名な経済紙『フィナンシャル・タイムズ』(以下、FT)を運営するFTグループを、日本の日本経済新聞社が親会社のピアソンから買収したのだ。
買収額は8億4400万ポンド(約1600億円)となった。
FTは米国のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)と並ぶ有力経済紙。
1888年から長い歴史を持ち、クオリティへの信頼やブランド力は安定している。
また近年では有料の電子版を成功させており、すでに購読部数(70万)のうち70%が電子版という。
日経側は翌日の記事で、
「日経とFTの組み合わせは、世界のビジネスメディアで大きな存在感を示すことにもなる」
と書き、
日経の電子版読者(43万)と合わせると有料読者数が合計93万となり、
米ニューヨーク・タイムズ(91万)を抜いて世界トップになること、
さらに新聞発行部数はWSJ(146万部)の2倍強となることを示した。
新聞・雑誌などの紙メディアにとって、これはまさに脅威を覚えるニュースであった。
ただ、当初世間では、日経とFTの「温度差」を指摘する声が上がっていた。
世界的に知名度のある経済紙を手に入れた日経と比べ、FT側では新しいパートナーが「日経」であることに重きを置いていないのではないかという声だ。
買収後もFTの編集権独立は明言されており、両社の取り組みがどこまで深いものになるかは未知数、という見立てである。
とはいえ、この買収が国内メディアに一定の衝撃を与えたことは間違いない。
あれから1ヵ月ほどが経過するなか、筆者の周囲では、「日経のFT買収を1つのきっかけとして、メディアの大再編が加速するのではないか」という、関係者の声が聞こえるようになってきた。
新聞の社説などでも、そうした論調の記事を見かけることがある。
日本のメディアが海外の有力紙を買収するという事態が起きたことに対して、当初はニュースを聞く側も現実味を感じられなかった。
それがある程度時間が経った足もとのタイミングで、改めてその影響を客観的に見据えようとする動きが出始めたのかもしれない。
買収の第一報以降、新しい情報があまり出回っていないことも、世間の憶測を駆り立てる原因だろう。
ただでさえ、メディアが置かれている状況は厳しい。
従来、日本のメディアの雄であった新聞の発行部数は、1997年頃をピークに下がり続けている。
2009年にはインターネット広告費が新聞広告費を初めて上回り、以降両者の差は開くばかりだ。
新聞各社にとっては、デジタルメディアの有料購読者や広告費を上げていくことが命題であることは間違いない。
そこへ来て、日経がFTを買収した。
日経以外の各社は電子版の有料購読者数を明確にしていないが、電子版をいち早く開設(2010年3月)した日経が、今のところ有料購読者数で優位に立っていると考えられる。
日経が電子有料版で他社に差をつけているのは、就活生は必読と言われるような「日経」ブランドと、購読者層の世帯年収が高いこと。
もっともこれは国内だけでの強みであったが、グローバルなブランド力と、日経と同じく世帯年収の高い購読者層を保持しているFTと組むことで、さらに他社との差を広げたようにも見える。
こうなると、競合他社はうかうかしてはいられない。
確かに、デジタルビジネスを軸として、グローバルなライバルと覇権を競おうとするオールドメディアの離合集散が、今後起きないとは言い切れない。
しかし、筆者の周囲やネット上では、「こことあそこの会社が組めば、日経・FT連合に勝てるのではないか」といった、具体性や根拠のない憶測ばかりが語られている。
紙メディアを震源地として、まことしやかに語られる「メディア大再編」は、本当に起きる可能性があるのか。識者への取材から占ってみよう。
■メディアにとって買収は国際発信の足がかりにならない?
まず、今回台風の目となった日経にとって、FT買収はどれほどの追い風になるのだろうか。
今回の買収のメリットについて、「主に既存顧客に対してのサービス強化ではないか」と話すのは、社会学者で『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)などの著書を持つ西田亮介氏だ。
「日経は電子版の購読者数でも有償化でも成功していた。
既存顧客にさらにサービスを強化して、国内での競争を勝ちに行ったと言えるだろう」(西田氏)
しかし、これが「国際発信への足がかり」になるかは疑問という。
もともと日本国内の新聞社は、発行部数に関しては世界的に見ても非常に多い。
その一方で、世界的な認知度は発行部数に比例していない。
「2011年時点で、世界の新聞発行部数ベスト5中、3位以外は日本の新聞。
その一方で非常にドメスティックであり、世界的な存在感を示すにはほど遠い。
FTの買収は一見グローバル展開を目指すものに見えるが、編集権の独立を明確にしていることだけを取ってみても、日本からの国際発信が強化されるものとは言えない。
それほど容易なものではないだろう」(西田氏)
また、メディアの価値向上策としては、買収は疑問でしかないと語るのはネットニュース編集者の中川淳一郎氏。
「FTのブランド力に疑問はないが、今なぜテキストに強い会社を日経が買収したのかがわからない。
たとえば、日本語のコンテンツは日本語を理解する人にしか役立たないし、日本人は英語ができない人も多いので、英語のコンテンツはそのままでは読まれない。
(語学的限界のある)テキストコンテンツよりも、今デジタルメディアで求められているのは動画コンテンツ。
グローバル展開というのであれば、FOXニュースと提携して面白い動画をもらう方が良かったのでは」(中川氏)
共通するのは、少なくとも日本のメディアにとって、買収は国際的な発信力を目指すものとしては疑問、という意見だ。
また日経のように、デジタルビジネスにおいてすでに一定以上の実績を有するメディアはまだしも、そうでないメディアは、そもそも国内でも海外でも、将来性のある企業からは相手にされない可能性が高い。
■読者目線とスピード感の強化、ネットで勝てるメディアの条件
もう1つ、多種多様な媒体の情報が混在するネットに新聞が大きく軸足を移しても、彼らが運営するニュースメディアだからと言って、必ずしも優位に立てるわけではないという現実もある。
もちろん情報の信頼度では新聞社が勝るものの、SNSなどにおける「拡散力」だけを見れば、運営会社がどこかもわからないようなまとめサイトに、簡単に負けてしまうこともあるからだ。
中川氏には『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)という著書があるが、下世話なネタやエンタメ、面白コンテンツとも、「PV」(ページビュー/閲覧数)という同じ指標で戦わなければいけないのがネットメディアだ。
新聞社が一方的に情報や分析を出せば購読者がお金を出してそれを買ってくれた時代は、終わりつつある。
日経のFT買収も、規模の拡大においてはメリットがあるものの、「真価が問われるのはその中身」と言えそうだ。
では、買収・提携といった大がかりな話はともかくとして、今後デジタルに本格参入したいオールドメディアは、まずどんな「戦い方」を学ぶ必要があるだろうか。
日本のネットニュースメディアの中で注目すべき運営方針を持つものについて、前出の中川氏、西田氏に聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「朝日新聞社が運営する『with news』(ウィズニュース)と、『弁護士ドットコムニュース』(弁護士ドットコム株式会社運営)は、ネットニュースをわかっている。
これまでのネットニュースが資金力や運営力不足からできなかったのに対して、『流行りものの深掘り』ではあるがそれをやっている」(中川氏)
意外と言うべきか、日本の新聞業界において象徴的な存在である朝日の名が上がった。
with newsでは取材や構成力に長けた記者たちが、流行りのネタをスピーディに取材する。
最近の記事では、
「横浜ゴムのタイヤが消しゴムに 突然の人気、受験生もすべらない?」
「ぽっちゃりコスプレ『デブライブ!』が話題 『可愛い』『元気出た』」
など。
記者が見つけた小ネタを広めようとするのではなく、ネット上ですでに話題になっているネタを深掘りするスタンスが見える。
かたや弁護士ドットコムニュースは、弁護士事務所と提携し、話題のニュースに対してネット上で上がっている疑問にいち早く弁護士が応える。
たとえば最近では、大阪高槻の中1遺棄事件について、8月25日に「被疑者『黙秘』に批判の声――なぜ『黙秘権』は認められているのか」という記事を出している。
容疑者が逮捕されたのが22日、黙秘について報じられ、ネット上で批判が出始めたのが23日頃だ。
弁護士ドットコムがニュース配信を始めたのは2012年。
それまでのネットニュースの多くは、識者のコメントを取って取材する記事の制作に時間がかかってしまっていた。
記事ごとに専門の識者にアポイントを取るところから始めるためだ。
弁護士ドットコムニュースがスピーディに記事を出せるのは、弁護士事務所との提携が成功しているからだろう。
■全盛期の新聞に劣らない安定感があるネットメディアも
一方、記事のつくり方や掲載タイミングといった「工夫」が光るケースばかりでなく、全盛期の新聞に劣らない安定したビジネスモデルを構築しつつあるネットメディアもある。
西田氏は指摘する。
「Yahoo!ニュースは新聞に対する信頼度と似た安定感があり、高齢者も知っているという認知度を獲得している。
また経営的にも比較的安定している」(西田氏)
Yahoo!ニュースは新聞社をはじめ、様々なネットメディアから記事の提供を受けて配信している。
基本的にはニュース記事の配信がメインだが、2012年からオーサーがオリジナル記事を発信する「Yahoo!ニュース個人」をスタートし、独自の発信も行う。
「(そうではないニュースサイトもある中で)配信メディアやオーサーに対してきちんとお金を支払っている。
また、Yahoo!ニュースの編集部は新聞社の出身者が多く、配信記事がやや報道に偏るきらいはあるが、編集機能が働いていると感じる」(西田氏)
Yahoo!ニュースのPVは、昨年6月にパソコンとスマートデバイスを合わせて月間100億を突破。バイラルメディアの台頭やスマホアプリの乱立で存在感が薄れると見る向きもあったが、それでも今のところニュースサイトとして他の追随を許さない。
Yahoo!ニュースに記事を配信するメディアの多くは、「いかにヤフトピに乗るか」を念頭に置いている。
2010年に『ヤフー・トピックスの作り方』(光文社新書)、『ヤフートピックスを狙え』(新潮新書)の2冊が発売されたが、当時(もしくはそれ以前)から状況は大きく変わっていないようにも見える。
■ネット上のパイは実は少ない、オールドメディアの難しい境遇
こうして見る限り、先行するネットメディアに対して、これからデジタルへの本格参入を目指すオールドメディアには、大きな価値観の転換が求められそうだ。
情報の取得ツールが新聞や雑誌からネットニュースに変わりつつある背景には、
★.「ネットニュースのほとんどが無料だから」
という理由もある。
★.無料だからこそ拡散し、人の目に触れやすい。
言い換えれば、
★.無限にスペースがあるネット上でニュースを配信することは、誰にでもできる。
ところが、それを正当な手段で採算化することは実に難しい。
これは資金力のある大手メディアであっても同じだ。
世間では、資金に余裕のある会社が赤字覚悟でニュースサイトを運営するケースも耳にする。
こうした現実も見据えるべきだろう。
オールドメディアにとってのネット上のパイは、実は思った以上に少ないと言えるのではないか。
そんななか、ブランド力を強化する方法として、日経は国境を越えてまでFT買収の道を選択した。
これによってさらに“箔”をつけ、電子版の有料購読者数が増えるのであれば、デジタルメディアの成功の1つの形と言えるかもしれない。
ただし、彼ら自身にも前述したような不安要因が指摘されていることは事実である。
ましてや、日経と同じ手を使える他のメディアは、資金力などの側面から見ても、そうそういそうにない。
目下のところ、まことしやかに語られる「メディア大再編加速」の可能性は、少なくとも日本企業発のケースとしては、低いと言えるだろう。
一刻も早く新たな道を進まなくてはいけない。
けれども容易に進めない――。
今回の買収劇は、メディアが置かれている難しい境遇を、改めて考えさせられるきっかけにもなったとは言えないだろうか。
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【中国の盛流と陰り】
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