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2015.8.25(火) Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44617
天津爆発事故で注目を集める「小虎」の腐敗
一般市民にとっては、元公安トップより身近な役人の方が重要
(2015年8月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
●中国・天津で起きた大規模爆発の現場〔AFPBB News〕
中国の公安部門のトップを務めていた周永康は、多くの罪を犯した。
港湾都市の天津で今年5月に行われた非公開の裁判では、職権濫用や収賄に手を染め、さらには国家機密も漏洩したことで無期懲役の刑を言い渡された。
しかし、こうした罪を重ねていたにもかかわらず、揮発性のある硝酸アンモニウムやシアン化ナトリウム(青酸ソーダ)など毒性のある化学物質を市街地に何百トンも無造作にため込むということはしなかった。
8月12日に天津で起こったそのような化学物質の山の爆発は、少なくとも114人の命を奪い、習近平国家主席の腐敗撲滅キャンペーンの中核にある逆説をあらわにした。
筆者はこの悲劇が起こる数カ月前に、工場に出稼ぎにやって来て大けがを負った男性の父親であるチャン・グァンデ氏に面会し、この腐敗撲滅運動とそれによる周永康など「虎」と呼ばれる権力者たちの凋落をどう思うか尋ねていた。
習近平氏の就任後3年間の代表的な政策の業績にチャン氏はきっと感銘を受けている、と筆者は予想していた。
■「虎狩りは人民に見せるためのショー」
予想は外れた。
「あのキャンペーンは一般人のレベルには届いていない」。
息子の雇い主に補償金を払ってもらおうと何年も戦っているチャン氏はこう言った。
「あの虎狩りは見せ物、人民に見せるためのショーだ。
一般人のレベルには、卑劣な小虎がまだごろごろしている」
反腐敗キャンペーンが成功していると見なされるかどうかは、中国共産党で最強の権力を誇る中央政治局常務委員会のメンバーだった周永康のような大物を逮捕して有罪にできるどうかに大きく左右される。
しかし、中国の大半の人々にしてみれば、本当に問題なのは身近にいる公務員による汚職の方だ。
「小虎」とは、賄賂を出さなければ子供の入学を認めない校長や、袖の下がなければ患者を診ない医師などを指す。
天津の大爆発について言うなら、当局の規制に違反し、致死量の化学物質を住宅から1キロ離れていない場所に貯蔵していた公安局元局長の息子も「小虎」にあたる。
この爆発では6000人を超える人々が避難を余儀なくされた。
その多くは、この地域で高額な住宅を購入していた。
それだけではない。
爆発した倉庫は、その時点では必要な許可をすべて得ていたように見受けられたが、実際には過去に何度か取得漏れがあったようだ。
また、不備を見逃してもらうために倉庫の所有者2人が地元の役人に賄賂を渡していたという証拠はないものの、この2人の行動からは、やましいところがかなりあることが示唆された。
天津の化学物質貯蔵倉庫の所有者が誰なのか、当初ははっきり分からなかった。
その理由の1つは、オンラインで公開されている天津市の企業の登記簿が、この爆発の後に突然閲覧できなくなったことにある。
また、閲覧はその後可能になったものの、所有者の記録には奇妙な空白があった。
政府は地元のメディアを徹底した管理下に置いていたが、いくつかの勇気ある国営メディアが、登記簿に書かれた倉庫の所有者は真の株主の代理人――他人のためにパンくずを運ぶ「アリ」と呼ばれている――でしかないことなどを立証してみせた。
■天津の悲劇がもたらした真の政治的試練
このような事実が明らかにされたことで、政府も動かざるを得なくなったようだ。
国営の新華社通信はその後、倉庫の真の所有者は国営化学企業グループの元幹部と、天津港公安局元局長の息子であると報じた。
この人物は新華社に対し、自分が目立ちたくなかったのは、
「父親が公安で働いていたため、他人がそれを知ったら悪影響が生じると思われたからだ」
と語った。
習近平氏と中国共産党にしてみれば、このコメントとそれ以前に見られた一連の工作は、天津で先日起きた悲劇がもたらした真の政治的試練を端的に表現したものとなっている。
腐敗撲滅運動は、選挙を経ていない中国の政権にとって重要な正当性の源泉であり、政府は周永康や他の腐敗した役人のことを、典型から逸脱した存在で、公正な政党国家がいま服従させている人物として描いている。
だが、先日の爆発事故で住まいを失った何千人もの人々――そして、中国全土で事態の進展を見守っている何百万人もの人――は、違う見方をし始めるかもしれない。
彼らはただ、不当な優位性と腐敗は実際、あらゆるレベルの政府関係者がその家族や友人とともに、他人へのリスクなどお構いなしに、日常的にコネを利用してカネを得る社会全体の問題だと結論付けるかもしれない。
By Tom Mitchell in Beijing
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ダイヤモンドオンライン 2015年8月28日 姫田小夏 [ジャーナリスト]
http://diamond.jp/articles/-/77475
天津爆発が証明した中国の想像を絶する“ずさんさ”
混乱を深める中国・天津港での爆発事故。
これが国内外に与えた影響と波紋は計り知れない。
鈍化する中国経済への追い打ちともなり、
国際社会は「中国は危ない」とますます疑念を深めている。
中国の現場から上がるのは「いまどきこんなことをやっているのか」という驚きの声だ。
中国の危険物倉庫の実態から、今回の爆発事故に見る危うさを再検証する。
■権力者が後ろ盾なら安全基準も無視できる?
天津港といえば1860年に開港した古い港だが、今では世界4位の貨物取扱量を誇る先進的な国際港に発展した。
しかし「先進的な国際港」というのは名ばかりで、この事故で露呈したのは、「ずさんな管理」という失態だった。
今回、事故を起こしたのは天津瑞海国際物流有限公司(以下、天津瑞海)。石油化学を中心に発展する天津をバックに、近年、危険物を扱う大型倉庫として頭角を現した一社だ。
同社は危険物コンテナ取扱業務の大型物流基地として、数年間で急速な成長を遂げた民間企業である。
設立は2012年とまだ若い企業だが、昨年の拡張工事を経て、年間の危険物理扱量を5万トンにまで拡大させた。
設立から3年目の今年、天津瑞海は大惨事を引き起こす。
その会社経営の実態を検証すれば、「不透明な会社設立」や「条例の無視」など、数々の“爆発の導火線”が浮上する。
中国で危険品取扱業種は許可制であり、民間からの参入はほぼ不可能だが、この会社はなぜか短時間で設立にこぎつけた。
しかも、中国では「危険化学品安全管理条例」に基づき、関連当局への書類申請が必要だが、現地報道によれば天津瑞海はこれすら行っていないという。
権力者が後ろ盾になっていることは疑う余地もない。
「後ろ盾」が存在するならば、厳しい規定を愚直に順守する必要などどこにもない。
こうした企業体質からは「やることなすこと」がずさんであることも容易に想像がつく。
■水に触れると猛毒ガスが出る危険物を野積みにした杜撰
天津港での爆発事故は、水や酸と反応すると引火性の猛毒ガスを発生するシアン化ナトリウム(以下、NaCN)に、消防が放水したことが被害を拡大させたといわれる。
NaCN生産工場から港に運び込まれたNaCN700トンが、通関手続きを待つ間に燃え上がり、大量の猛毒物質を飛散させた。
このNaCNを生産したのは「河北誠信有限責任公司」という、河北省石家庄市に立地する工場だ。
同社は中国最大規模のNaCN生産企業であり、年間生産量は50億トンにも上ると言われている。
河北誠信はこれを400キロ離れた港に運送し、天津瑞海に引き渡した。
ところが、天津瑞海は重大な過失を犯す。
これを危険物倉庫に入れなかったのである。
北京を中心に発行される地元紙「新京報」は取材で、同社副総経理の言質を引き出している。
「天津瑞海が扱う貨物の中に確かにNaCNがあっただろうが、危険品倉庫に入れず、屋外に置いておいた」
すなわち、天津瑞海はこれを野積みにし、露天に晒したのである。
NaCNなどの危険物は化学反応を避けるため、単独で閉めきった空間に置かれるのが常識であるにもかかわらず、だ。
これについて、「野積みなどとは考えられない」と驚きを隠さないは、東京港区に拠点を持つ日本危険物倉庫協会だ。
「日本でならば毒物・劇物取締法によりカギのかかる倉庫に搬入し、
扉にも『禁水』と読みやすい表示を掲げ、
消防もわかるような措置を施すのが普通」
だという。
さらに同協会が指摘するのは、危険物倉庫そのものの大きさである。
日本ではなら最大でも1000平米以下であり、
倉庫と倉庫の間には5~10mの保有空地
を設ける規定になっている。
ところが、瑞海天津の危険物倉庫は4万6226平米とあまりに大きい。
区画割りをしたにせよ、そこにしかるべき安全措置は講じられていたのか甚だ疑問だ。
■優先されるのは安全よりもとにかく金勘定
筆者はある中国人に面会を申し込んだ。
外資系商社で部長職に就く王峰さん(仮名)は、危険物倉庫の内部事情に詳しい人物のひとりである。
王さんはこの商社が、中国の生産工場からサンプルとして、ある化学品を2トン取り寄せたときの話を語り始めた。
当時、王さんは日本の客先に向けて輸出をするため、まずはこの危険物を工場から上海港に輸送させ、港の倉庫に保管するという段取りを進めていた。
中国の生産工場が危険物を詰め込んだ袋を物流会社に引き渡すにあたり、王さんは事前に物流倉庫の担当者に対し「化学品は重ねず保管するように」と厳重に注意を喚起していた。
それでも王さんは胸騒ぎを隠せなかった。
直後、彼はこの倉庫を抜き打ちで訪れる。
ところが一歩、倉庫に足を踏み入れた瞬間、王さんはそのありさまに絶句してしまう。
「こんな管理がまかり通っているのか」――
この化学品もNaCN同様に、閉めきった暗室に保管することが必須だ。
しかも、重ね置きをさせないのは、凝固を防止するための重要な措置でもあった。
ところが王さんは目の前の光景に愕然とする。
あれほど口を酸っぱくして頼んでいた危険化学品の「1段積み」だったが、案の定、倉庫側は2段にも3段にも重ねて置いていたのだ。
「スペースの節約しか考えない倉庫側の意図が見え見えだ」
王さんはあきれ果てた。
危険物倉庫といえば、何種類もの危険物が保管される。
天津瑞海でいえば40種類近くの危険物が置かれていた。
そのなかでもNaCNといえば、微量で致死劇毒物である。
運営に当たり、経営側は当然、危険物の性質を把握し、安全に配慮した保管を徹底するはずだ。
しかし、中国の現場にあるのは「とにかく大量に保管して金を稼ぎたい」という金勘定だけなのだ。
呆れながらも危険物の点検を続ける王さんだったが、次に目にしたのは「異物の混入」だった。
この化学品は袋に入れられ、それをバンドで固定し梱包されているのだが、バンドの留め具とおぼしき金属片やプラスチックの切れ端などが多々紛れていたのである。
「こんなものが混入しているじゃないか!」
王さんは傍にいた倉庫の従業員を怒鳴りつけようとしたが、そこをぐっとこらえた。「
危険物倉庫の従業員」は表向きの顔であり、実態は知識のない農村出身者であるという内情を知っていたためだ。
「こうした農村出身者は厳しく注意したらすぐ辞めてしまう。
だからといって、倉庫側は人件費が高い正規社員は雇えない。
専門知識を必要とする現場でも、結局農村出身者が担っているのが現実なのです」(同)
■正規社員を雇えないのは賄賂で資金が足りないため
天津瑞海も同じような状況であることは新京報に明らかだ。
同紙はすでに運送業者が「何の危険物を運んでいるのか、それが燃えやすいか、爆発しやすいかも知らない」ことを突き止めている。
また、受け取った倉庫側もこれを「野晒しにした」事実を暴いている。
危険物倉庫に運び入れた運送業者も、それを受け取った倉庫業者も共に農村出身者であることは疑う余地もない。
ちなみに、日本でならば、運送業者と倉庫業者の間でSDSシート(Safety Data Sheet : 安全データシート)を交換し、運搬する危険物の中身、容量、性質などを申し送りする。
恐らく、中国ではそれすらも行われていないのだろう。
また、日本で危険物倉庫の管理に当たるのは「危険物取扱業者」「毒劇物取扱業者」の資格保持者である。
だが、中国では教育のない農村出身者たちだ。
なぜなのだろうか。そこに浮かび上がるのは、倉庫側が「贈賄で多額の資金を使い果たしてしまった」というお粗末な事情である。
「危険物倉庫ともなれば許可制業種であり、
定期検査時には厳しい基準のクリアが求められる。
しかし、現場にはそれを遵守するだけの管理能力はないため、結局金銭でもみ消しにするしかない。
そのため危険物を取り扱う業種では賄賂が最大の出費になっています」
“お目こぼし料”で利益も吹っ飛ぶ中国企業の実態――王さんはその内情を赤裸々に語った。
さて、危険物倉庫を巡回する王さんは、すでに疲れ果てていた。
「どうしょうもないな」と落胆するその王さんの視界に、何か動く物がよぎった。
その日、王さんがもっとも衝撃を受けたのはこれである。
「危険物倉庫に犬がいるじゃないか!」
なぜ、厳重管理の危険物倉庫で、犬がキャンキャンと走り回っているのか?
それはまさしく“農民従業員”が飼っている愛玩動物に他ならなかった。
危険物倉庫は農民従業員にとって、寝泊りもする居住場所を兼ねている可能性は高い。
「もし、犬が化学品にオシッコでもひっかけたらどうするつもりだ…!?」
まるでギャグ漫画のような世界である。
犬のオシッコが当該化学品とどのような化学反応を起こすかは不明だが、それにしても「あってはならない光景」である。
王さんは強いショックにしばらく途方に暮れた。
それは、犬の存在以上に、「国際都市上海でいまどきこんなことがあるのか」という衝撃にあった。
王さんは「上海でもこんな倉庫があるなら、地方はもっとひどい状況だ」と落胆を隠さない。
ガバナンス、リスクマネジメント、内部統制、コンプライアンス――これらを無視し続けてきたからこそ発揮できたのが中国の競争力だ。
悲しいかな、それが彼らが誇るべき中国経済の原動力なのである。
呪うべき宿命を背負った中国、その将来に明るい展望を見出すことは、いよいよ難しくなってきている。
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