2015年7月27日月曜日

習近平の政治路線(1):統制強化か?、改革推進か?

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●テレビ朝日系(ANN) 7月31日(金)5時53分配信


ダイヤモンドオンライン 2015年7月27日 吉田陽介[日中関係研究所研究員]
http://diamond.jp/articles/-/75403

習近平政権の政治路線は統制強化か、改革推進か?

 中国共産党は、結党からすでに94年が経った。
 「人民に奉仕する」という結党の精神は、毛沢東、周恩来ら第一世代が健在のときは生きていたが、下の世代になると薄らいでいき、大衆路線から遊離するようなこともあった。

 2012年に発足した習近平指導部は大衆路線運動や一連の腐敗撲滅運動によって革命第一世代の良き伝統を取り戻そうとしている。
 経済面では改革開放路線をさらに深めるべく、市場経済の役割をより重視した改革を推し進めている。
 政治面では、これまでの「不作為(職務不履行)」の状態を改めるべく、腐敗に染まっている者を排除するなどして党の引き締めを行い、「自浄作用」を働かそうとしている。

 習近平指導部が目指す政治改革の本質がどこにあるのか、分析を試みてみたい。

■欧米の政治制度を批判し、共産党を礼賛した雑誌論文

 中国共産党結党記念日である7月1日、共産党の公式刊行物である『求是』誌上に
 「変化の激しい世の中で英雄の真面目を示す―中国共産党はなぜ指導の中核となり得たのか―」
と題した論考が掲載された。
 内容としては、欧米の政党政治に疑問を投げかけ、それが万能でないとしたうえで、中国共産党の政治モデルは中国の国情に合致しているとの主張だ。

 この論考のポイントを簡単に紹介しよう。
 第一の主張は、中国共産党の執政能力の高さである
 中国が世界第2位の経済大国になったのは、中国共産党が民族の解放を成し遂げただけでなく、13億人もの人民を適切に指導したからにほかならず、現在の成果は、中国共産党の執政能力が適切だったことを証明しているという。

第二に、欧米の政党政治は完全なものではなく、
 一定の限界があり、中国の政治制度こそが国情に適った制度だという主張である。
 欧米の政党政治は政権を取るまでは人々の支持を得ようと努力するが、その後は公約を守らず、人々を失望させる特徴があるという。
 また、欧米の政党政治の下では、ある政党は特定の集団の利益を代表しており、選挙のときは政策の恩恵が支持者に偏る傾向を指摘している。

 対して中国共産党はすべての人民の利益を代表することをモットーとしており、同党が指導する政治体制のもとでは、自らの理念を徹底させることができ、欧米の政党政治のように一定の階層の利益のみを代表することはないと結論付けている。

 第三に、どのような「道」をたどるかという問題は政権党にとって大変重要であるという点だ
 第18回党大会以降、中国共産党は「三つの自信」、つまり
 「理論の自信、制度の自信、道の自信」
を掲げ、中国の特色ある社会主義の優位性を強調している。
 三つの自信の中でも、
 「道」の問題は「国運を左右する重要な問題あり、また政権党にとって第一義の問題」である
という。

 論文では、国民党を例に挙げ、同党が失敗したのは一部の者が西洋の政治制度を機械的に引き写そうとしたために中国を救うことができなかったとし、国民党の失敗は制度と道に問題があったと分析している。
 一方で、中国共産党は「マルクス主義の普遍的原理と中国の実情を結びつけた」ために革命が成功したと結論付けている。

 第四の主張は、
 中国の政治制度は決して「一党独裁」ではなく、
 「中国共産党が指導する多党協力制」
 「政治協商制度」は中国の国情に適った政治制度であるという点である。

 この制度は、経済社会の重要問題について党と民主党派が話し合うというもので、私たちのイメージする「中国=一党独裁」ではない。
 新中国成立後、中国共産党はその方向でいこうとしていたが、国内外情勢の影響を受けて、次第に毛沢東の権力が強くなり、彼の指示がすべてに優先するといういわば「専制的社会主義」となった。
 だが改革開放以後は集団指導制となり、ひとりの指導者の意向ですべてが決まるということはなくなっている。
 ただ、現在「中国共産党が指導する多党協力制」と「政治協商制度」が理念どおりに機能しているかといえば、まだ不十分なところがあり、さらなる改革が待たれる。

 本論考によると、この制度は中国の「和をもって貴しとなす」の文化を反映させたもので、協議によって事を処理する色彩が強いという。
 さらに、習近平総書記が2013年のロシア訪問の際に述べた「靴が足に合うかどうかは、自分で履いてみないと分からない」という言葉を引用して、中国の国情には欧米の政治制度はマッチせず、中国共産党が指導する多党協力制と政治協商制度が国情に合致した制度だと強調している。
 そして、西側のスタンダードで中国の政治を見ることに警戒感を示している。

 以上、ざっと『求是』掲載論文の内容を紹介したが、この論考が発しているメッセージは、欧米諸国と中国は国情が異なり、歴史的にみても欧米式の政治制度をそのまま引き写してもうまくいかず、反面現在の中国の政治制度は自国の国情に合っており、それを今後さらに発展させていくという主張である。

■中国の制度を自賛する意図は改革断行に伴う警戒感か

  『求是』は共産党の公式的な雑誌であるため、論調は中国の制度の優位性を強調する。
 だが、その主張は完全に間違いとはいえない。
 なぜなら、中国の制度が不健全であれば、すでに崩壊している。
 中国共産党が指導する政治体制は崩壊していないということは、政治的に健全であるとも解釈できる。

なぜこの文章が発表されたのか。
 筆者はいくつかの理由があると考える。

第一に、香港の民主化要求の動きの影響だ。
 昨年秋には香港で民主化要求運動が起こり、その収拾に時間がかかった。
 また、6月18日に香港特別行政区立法会で、2017年に導入を目指していた香港行政長官の普通選案が否決された。
 これは民主化を求める勢力がまだ一定の影響力を持っていることを意味しており、中国共産党はこれにかなりの警戒感を抱いていることがこの文章から分かる。

第二の理由としては、社会の安定の確保のために混乱を起こさないようにするためである。
 習指導部は発足以来、改革を掲げて主に経済面での改革を推し進めているが、政治面はやや慎重なスタンスになっている。
 それは党内の権力闘争の影響も確かにあるが、総じては社会の安定のためである。現在中国各地でよく小さな暴動が起き、社会が不安定になっている。
 現在の習指導部にとって改革は至上命題であるが、それには安定した環境が必要だ。
 これは鄧小平も述べている。

 筆者のみるところ、現在は改革の断行期にあるため、その副産物として様々な問題がでてくると思う。
 そのために安定した社会を実現するため、政治面での改革は慎重なのだろう。

第三の理由は、「平和転換」論への警戒である。
 中国で発行されている社会主義関係の本をみると、ソ連が崩壊し、世界の社会主義運動が低調になった理由は、社会主義国内の反対勢力がアメリカを中心とする西側諸国の援助を受けて、欧米型の政治制度への転換を前提にした改革を社会主義国に呼びかけたためだという。
 確かにそのような面はあるが、それが全てではなく、経済的要因も多分にある。
 中国社会が改革期にあるため、この手の議論がでてくるのであろう。
 習総書記も中国の制度を絶えず改革する必要性を認めているが、その一方で「西洋化・分裂化」の落とし穴にはまることを警戒している。

■「依法治国」を推進する習指導部の国家ガバナンス

  『求是』論文は、中国の政治制度は歴史的に形成されたもので、中国の国情に合致しており、全人民の利益を代表するものだとして優位性を強調する。
 中国においては、政治理論や政策は基本的に前の世代を継承していくものであり、現在の習近平指導部も前の指導部のものを継承しつつ発展させようとしている。

 では、現時点での習指導部の政治上の路線はどのようなものか。
 習指導部の政治を語る上で、「国家治理(ガバナンス)」という言葉をよく聞く。
 第18期三中全会が開かれてから、よく使われるようになった。
 習近平総書記の講話などからみると、
 この国家ガバナンスは簡単にいえば「管理」することを指す。

 昨年開かれた第18期四中全会で「依法治国(法に基づく国家統治)」を全面的に推し進めることを決め、その決定では、憲法の権威を発揮させること、指導者の指示が法律に代わるようなことがあってはならないことを強調している。
 これは、習政権の国家ガバナンス体系を完全なものにし、その能力をさらに高める目的がある。

 習総書記は
 「社会の調和と安定、国家の長期的安定を実現するには、
 やはり制度に頼り、
 国家ガバナンスにおいて我々のもつ、ずば抜けて高い能力に頼る必要があり、
 資質の高い幹部陣に頼る必要がある」
と述べており、法治国家の建設と党を厳しく治めることが重要だということを示唆しているが、それは今後も反腐敗運動を続けていくメッセージともとれる。

 では、今後の習指導部は政治面でどのような改革を行っていくのだろうか。

 改革開放以降、中国共産党は、党が強力なリーダーシップをとって市場経済を取り入れた改革を断行した。
 先ほども述べたが、現在はその成果をさらに深めるための改革を進める時期にあり、その過程ではある程度の混乱が生じる恐れがある。
 現在の中国は地域によって発展レベルが異なり、その状況下で民主化改革を行えば、統制がとれず、混乱に拍車がかかるだろう。

 また、中国共産党には文化大革命期の苦い教訓がある。
 当時は、大民主の理念の下、大規模な大衆運動を繰り広げて、社会の秩序が乱された。
 習総書記も文化大革命を経験しており、大衆運動が拡大し、収拾がつかなくなるときの怖さを知っているに違いない。
 そのため、
 中国共産党は、短期的にはドラスティックな政治改革に乗り出す可能性は低い
だろう。

 現在の中国は「依法治国」を謳っているが、それは私たちが想像するような法治国家ではなく、共産党の指導のもとで行うというのが前提となる。
 習総書記は、欧米諸国の憲政と中国の「依法治国」は性質が違うものであると述べ、中国の法治国家建設には党の指導が不可欠だとし、その考えの下、党が強い力を持って改革を推し進めようとしている。

 6月16日に習指導部は「中国共産党党組工作条例(試行)」を公布し、経済団体や社会団体でも党組織を置けるということが規定され、社会の各分野で党の指導を徹底させようとしている。
 その前提となるのは、習指導部が掲げている「四つの全面」のひとつである「全面的に党を厳しく治める」ことである。
 今後は党内の引き締めのため、反腐敗運動はさらに続く
ことが予想される。

 中国の民主化改革を主張する人たちは、「依法治国」よりも「依憲治国(憲法による国家統治)」が大切で、中国共産党を含むすべての政党は憲法の下で活動し、その制約を受けるべきだと主張している。
 この手の主張は、現在のところ、中国共産党から「西側的」として批判されているが、第18期四中全会以降は、中国共産党も憲法の権威を発揮させることを強調しており、憲法重視の姿勢を打ち出しはじめた。
 今後徐々に憲政の方向に向かう可能性も残されている

 中国共産党は現在「ルールの観念」の確立も強調している。
 現在の中国はまだルールの観念が全社会に浸透しているとはいい難く、さらなる改革が必要である。
 そのために現在、党が強力なリーダーシップを発揮して、法治国家建設に向けた改革を行っている。
 だが、党の指導だけでは不十分で、それを監督する雰囲気も作り出す必要がある。

 現在中国は経済面での改革を推し進めているが、それには相応の政治制度が必要となってくる。
 ただ、改革は総じて漸進的であり、今後の推移を注意深く見守る必要がある。



テレビ朝日系(ANN) 7月31日(金)5時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20150731-00000002-ann-int

 軍の元制服組トップ収賄容疑 党籍を剥奪 中国

 中国の習近平指導部は、かつて人民解放軍で制服組トップの中央軍事委員会副主席を務めた郭伯雄氏の党籍を剥奪(はくだつ)し、収賄容疑で検察機関に送ることを決めました。

 国営「新華社通信」によりますと、郭氏は今年4月から規律違反の疑いで調査を受けていました。
 調査では、郭氏が自分の地位を利用して部下を昇進させるなどの便宜を図った見返りに巨額の賄賂を受け取っていたことが判明したということです。
 これを受けて習指導部は、郭氏の党籍を剥奪し、検察機関に移送することを決めました。
 習指導部は去年、胡錦涛政権時代のもう1人の中央軍事委員会副主席・徐才厚氏を起訴していて、これまでタブーとされてきた幹部の摘発を行うことで軍の権力掌握を進めています。



TBS系(JNN) 7月31日(金)7時15分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150731-00000014-jnn-int

中国軍元制服組トップ、党籍剥奪・送検へ



 中国軍の制服組トップだった大物が、収賄などを理由に共産党の党籍を剥奪され、検察機関に送られることになりました。

 新華社通信によりますと、中国共産党は、胡錦濤政権時代に人民解放軍の制服組トップである中央軍事委員会副主席を務めた郭伯雄氏の党籍を剥奪し、検察機関に送致することを決めました。
 職務権限を利用して他人の昇進などに便宜を図り、賄賂を受け取った疑いがあるということです。

 郭氏と共に副主席を務めた徐才厚氏も収賄罪で起訴手続き中の今年3月に病死していて、軍制服組の元ツートップが相次いで摘発されるという異例の事態となっています。

 2人とも江沢民・元国家主席に近い人物で、摘発の背景には、江沢民氏の影響力を排除し、軍の掌握を進めようという、習近平国家主席の思惑もあるものとみられます。(31日01:33)



時事ドットコム (2015/07/31-14:42)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2015073100596

習主席、軍改革断行へ決意
=腐敗まみれに危機感
-前制服組トップ党籍剥奪・中国

 【北京時事】
 中国の習近平共産党総書記(国家主席)は30日、胡錦濤前政権時代に人民解放軍の制服組トップだった郭伯雄・前中央軍事委員会副主席(73)の党籍剥奪を決定した。
 習主席は、軍首脳が昇進を求める部下から巨額の賄賂を受け取るなど、腐敗にまみれて士気が低下した軍の現状に危機感を強めており、郭氏や既に摘発された徐才厚・前中央軍事委副主席(3月に病死、不起訴)らの一派を徹底的に排除することで、軍の大規模改革を断行する決意だ。

 北京の共産党筋は「これから大きな軍改革が進む」と明かす。
 同筋によると、現在の七大軍区や四総部(総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部)の大幅な見直しなどが柱。

 「真に信頼できる友人が少ない」(党関係者)とされる習主席は、
 同じ太子党(高級幹部子弟)の張又侠・総装備部長を制服組トップに引き上げるなど大幅な人事も行いたい意向とみられる。
 郭、徐両氏は江沢民元国家主席に登用され、それぞれ「西北のオオカミ」「東北の虎」と恐れられ、絶大な権力を誇った。
 一派の結束は今も固く、習氏への反感が強いとされる。
 習主席は、江氏ら長老の抵抗や、郭、徐両氏の影響力を排除しない限り、軍改革は進まないとみている。



毎日新聞 7月31日(金)23時9分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150731-00000114-mai-cn

<中国>続く高官処分 習指導部、2年後の人事見据え

 【北京・石原聖】
 中国の習近平指導部が相次いで党高官の処分を発表している。
 中国軍制服組トップだった郭伯雄前中央軍事委員会副主席=前党政治局委員=を党籍剥奪の処分としたほか、
 河北省トップの解任や南京市前トップの党籍剥奪など
 党指導部入りをうかがう地方ポストでの汚職摘発が目立っている。
★.習指導部が進める汚職摘発キャンペーンは、
 政敵の打倒から2年後の党大会人事の前哨戦にシフトしつつある。

 一連の汚職摘発キャンペーンは今年6月、江沢民元国家主席が後ろ盾だったといわれる周永康・前党政治局常務委員の無期懲役判決を確定させて最大のヤマ場を乗り切った。
 同じく無期懲役が確定した薄熙来氏、死亡した徐才厚氏、郭伯雄氏はいずれも江派だ。
 その後、7月20日には胡錦濤前国家主席の側近だった令計画・前党中央統一戦線工作部長の党籍剥奪を決めた。
 習国家主席の前任者の胡氏、前々任者の江氏に極めて近い人物が相次いで失脚した形だ。

 今回、郭氏の処分理由には「他人のために職務の階級昇進を図り、賄賂を受け取った」という容疑が挙げられ、郭氏に賄賂を払って昇進した幹部がいることも示唆された。
 郭氏は2012年まで10年間、人事を左右できる制服組トップを務めており、軍高官の大半が調査対象になりかねない事態だ。

 2年後の党大会では党指導部の人事と連動する形で軍首脳を構成する中央軍事委員会も改選される予定だ。
 習氏が意中の人を軍首脳に抜てきし、軍改革を断行しようとするなら、党大会までに全国に七つある軍区のトップなど要職を経験させる必要がある。
 現在の軍高官の多くは江派とされ、習氏が軍を完全掌握するためには早い段階で大規模な抜てき人事を進めるしかない状況だ。

 地方高官の汚職摘発も党大会人事と密接に絡む。
 7月28日には周永康氏の秘書だった河北省トップの周本順・党委書記が書記を解任されたほか、31日には南京市トップだった楊衛沢・前党委書記の党籍剥奪処分が公表された。

 中国の最高指導層を構成する党政治局常務委員(現在7人)入りを目指すには重要な地方を歴任することが事実上の条件になっている
 だが、現在の地方トップの多くは胡氏の支持基盤である中国共産主義青年団(共青団)出身者が占める。
 習氏が自派で党指導部を固めるためには今から地方トップにできるだけ多くの自派幹部を送り込んでおく必要があるわけだ。

 今年10月に予定される党中央委員会総会(5中全会)では次期党大会に向けた指導部人事の調整が本格化する見通しだ。
 万全の体制で2期目を迎えたい習指導部にとっては今が正念場といえそうだ。



WEDGE Infinity 日本をもっと、考える  2015年08月05日(Wed)  岡崎研究所
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5215

中国の国家安全法から窺える
中国共産党の不安

 エコノミスト誌7月4-10日号が、7月1日に成立した中国の国家安全法は、国内統制に向けた法整備の一環だが、そこには中国共産党が不安を抱いていることが窺われる、と指摘しています。

 すなわち、新たに全国人民代表大会で採択された国家安全法は、昨年成立した反スパイ法、近く成立の見通しの反テロ法、サイバー安全法、外国非政府組織管理法と共に、国内の統制を強化しようとするものだ。
 新法で目立つのは、想定する脅威の源がインターネット、文化、教育、宇宙空間と非常に多岐にわたる一方、文言が曖昧で詳細を欠いていることだ。
 詳細規定は後で補充されるかもしれないが、重要な文言が明確にされることはないだろう。
 曖昧な表現は習にとって有用な武器になるからだ。

 その目的は、第1条に「民主的独裁体制と中国的社会主義体制を守ること」と記されている。
  党による権力掌握と国家の安全が同義として扱われ、国家安全の重点は国内の治安に置かれ、それを脅かすものとしてテロ等の通常の要因に加え、言論の自由やリベラル・イデオロギーがもたらす脅威が挙げられている。

 習は、多くの反体制派を逮捕、ネット規制を強化し、ウイグル人テロを厳しく取り締まるなど、前任の胡錦濤より強い姿勢で治安維持に努めてきた。
 4月発表の草案と比べ、新法の最終文書は権力独占により重きが置かれている。

 また、第15条は、国家権力の行使について抑止と監督の強化を要請している。
 一見「法の支配」を認めているかのようだが、目的は党の抑制であり、党の権力に枷をはめることではない。

 もっとも、習の懸念には根拠がある。
 中国共産党はとうにイデオロギー的正当性を失い、経済的正当性も弱まりつつある。
 減速する経済、物価の上昇、増税などに、市民は不満を表明し、各地で抗議運動が起きている。
 何百万もの個人投資家の参入で加熱していた上海市場の株価暴落も指導層を不安にしている。

 そこで、国家安全法は市民が守るべき義務を強調する。
 他国のこの種の法律は、国家機密の漏洩等、してはならないことを挙げるが、新法は密告も含めてすべきことを義務付けている。
 既に苦境にある政治活動家はさらに追い詰められるだろう。

 外国企業も不安を募らせている。
 新法は、国家には重要インフラや情報システムの「安全性と制御可能性」を確保する権利があるとしており、外国製品の使用の規制強化につながる可能性がある。
 企業に情報開示を義務付ける反テロ法や、外国NGOに警察への登録を義務付ける外国非政府組織管理法にも懸念が持たれている。
 国家安全法は香港にも国家の安全を守ることを義務付けている。
 当局は、新法は香港には適用されないと釈明したが、免除が永久に続く保証はない。
 国家安全法が中国の各方面にもたらした恐怖は当分消えないだろう、と指摘しています。

出典:‘Everything Xi wants’(Economist, July 4-10, 2015)
http://www.economist.com/news/china/21656689-new-national-security-law-hints-communist-partys-fears-everything

* * *

 本論評が指摘するように、今回の中国の「国家安全法」の制定は、中国共産党が国家の治安維持に対し、不安を抱いている証拠であると言えます。
 あるいは、それは「不安」というよりは「恐怖」に近いのではないかと思われます。

 習近平は党総書記就任以来、党内の国家安全面では「国家安全委員会」を設立し、その委員長になり、党内の基盤を固めてきたと見られています。
 ただし、党内の権力闘争(「反腐敗キャンペーン」など)はいまだ収束しておらず、さらに共産党の枠を超えた軍、政、地方政府、ウイグル族・チベット族などに関しては、多くの不安定要素を抱えたままです。

 通常の国の場合には、本記事の言う通り、国家安全法の類の法律は「機密を漏洩してはいけないこと」などの禁止事項を書き込むのが普通です。
 しかし今回の中国の「国家安全法」は密告などを含めて多くの面で治安維持のために
 国民が行うべきことを義務づける形となっている点が特徴
です。

 この法律は、反体制派の弾圧、ネット規制、ウイグル人テロへの対応などを主たる対象としているように見えますが、内容ははっきりしません。
 特に最近では、
 上海市場の異常な株価暴落と政府の下支え介入の失敗から生まれた経済リスクが、
 やがて政治リスクに変わっていくのではないかという恐れ
が広がりつつあります。
 上海株の急落はすでに、株価操作の範囲を超えて中国の実態経済を揺り動かしつつあり、それがやがては国内の治安維持に深刻な影響を及ぼす可能性もあります。

 この国家安全法は、香港、マカオのみならず、中国の統治下にない台湾をも対象としており、これら地域の市民たちが中国の治安を守るよう義務付けています。
 このような国内法の制定とその実施は、恐怖が恐怖を呼び起こすきっかけともなり得るものであると言えるでしょう。



中国の盛流と陰り



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