2015年7月29日水曜日

『フィナンシャル・タイムズ』を買った日本経済新聞(2):日本経済新聞社の損得は?

_


東洋経済オンライン 2015年07月26日 小林 恭子 :ジャーナリスト
http://toyokeizai.net/articles/-/78309

日経傘下入りで気になる「FTの強み」の行方
孤高の勝ち組経済メディアの強みとは?

 日本経済新聞社による買収により、日本でも、にわかに注目を集めているのが英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)だ。
★.FTは英語の経済紙としては、米国のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)と双璧
を成している。

 新聞業界においては、紙の新聞の発行部数が慢性的に減少する一方で、電子版・デジタルサービスからの収入が微小という構造的な問題を抱えており、「新聞の危機」状態が叫ばれるようになって久しい。
 そうした中にあって、紙から電子への移行を成功させた、稀有な新聞がFTである。
 なぜそれが可能になったのだろうか。

■高収入、高学歴の読者層を持つ強み

 まず、FTの読者層の特徴を見てみよう。
 FTは1部売りだと、平日(月曜から金曜)は2.5ポンド、週末版(土曜日)は3ポンドで販売されている。
 現在ポンド高だが、1ポンド=200円とすれば、平日では500円、週末は600円となる。
 ガーディアンなどの他の高級紙の場合は平日が1.4ポンド(280円)ほど、週末が1.8ポンド(360円)ほどだ。
 サンなどの大衆紙は平日が40ペンス(80円)ほど、廉価の新聞「i(アイ)」は30ペンス(60円)。
 平日に1部を買うのに500円も払うFTはダントツに高い。

 定期購読をすると、月額76ポンド(1万5200円)もする。
 電子版のみだと、どこまでプレミアム・コンテンツが読めるかによって、42ポンド(8400円)か30ポンド(6000円)のコースがある。
 月に1万5200円とはいくら何でも高すぎる、と思われる方がいても不思議ではない。

 逆に言うと、これだけの金額を自前であるいは会社が払ってくれるような人が購読者となることで、FTを支えている。
 そんな読者を持っていることがFTの強みだ。

 FTが2013年に1万8000人の読者を対象にした調査によると、
 読者の平均世帯年収は約16万2000ポンド(3240万円)に上る。
 驚くほどに高い。
 ちなみに、英国の下院議員の年収は約7万ポンド、首相の収入は約14万ポンドである。
 48%が経営幹部で、71%が国際企業に勤務している。
 79%が海外出張に出かけるという。

 では、富裕層のみ相手にしているのかといえばそうではない。

 相当の富裕層、高額所得層が読者という印象を持たれるかもしれないが、実は間口は意外と広い。

 例えば、会社が法人契約をしていれば従業員は紙あるいは電子版でアクセスが可能になる。
 また、電子版のみを年間購読すると270ポンドで、月割りにすると22.5ポンド(4500円)。
 この金額は日本の新聞の月極講読料と同程度になり、中程度の所得者にも手が届く存在となる。
 電子版の年間講読料はここ数年、据え置きとなっている。
 富裕層に入らない読者を取り込む策の一つのようだ。

■電子版の読者の方が紙の読者より多い強み

 FTはデジタル対応で先行しており、電子版のほうが紙版よりも読者が多い

 購読部数は約73万部。
 約70%が電子版で、紙版の部数は約22万部だ。
 「22万部」と聞くと、いかにも小さいように思えるが、ウィキリークスやスノーデン・ファイルなど、近年、国際的なスクープを立て続けに出したガーディアンでも紙版は18万部前後。
 高級紙の中でもっとも部数が多いデイリー・テレグラフでも40万部ぐらい。
 ただし、ゴシップ記事などが満載の大衆紙は200万部近くを売っている。

 電子版が紙版の2倍以上になっていることもFTの強みだ。
 紙版の部数が減ることは、それほど痛くない。
 電子版オンリーになっても生きていけるように、時間をかけて準備してきたのだ。

 こうした読者は英国よりも米国を含めた海外に広がっている。
 FTの読者は、グローバル、富裕層、金融関係者、一般的に知的情報を求める人になる。
 国際的な視野を持つ、知的に深みのある情報に触れたい読者がいて、それに応える形でFTが存在している。

 FTの財産は、何といっても、そのブランド力だ。
 あるメディアが実績を積み重ね、読者の信頼を得て、ファンを作る、つまりお金を払ってもいいと思えるまでになるには、相当の努力と時間が必要だ。
 FTはこれを127年をかけて築き上げてきた。

 日経は単に1つの新聞を買ったわけではない。
 国際的に信頼され、ファンがついている、特定の新聞を読者層とともに手中にしたことになる。
 買収金額の8億4400万ポンド(約1600億円)が高すぎたのではないかという報道を一部で見たが、ブランド力(のれん代)は一朝一夕で築けるものではない。
 ブランド力の評価次第で、高く感じる人もいれば安く感じる人もいる、というだけのことだ。

 しかも、そのブランドにあぐらをかいているわけではなく、FTは新しい時代への取り組みでも先行している。

 将来のデジタル・オンリーの世界に備えるため、FTは電子版購読者拡大に力を入れてきた。
 その手法として、まずは巧みなメーター制の採用があった。
 当初は名前を登録してもらい、月に30本を無料とし、それ以上読みたい場合は有料にした。
 そのあと、10本から数本に落とすなど、適宜変更している。

 一般紙であれば有料記事になるのであれば読まないという選択があるが、
 FTの場合、ほかでは読めない記事(経済、政治、解説、論考、コラム)があり、購読を選択せざるを得なくなるようにした。
 ここが経済・金融を専門とする新聞の大きな強みであろう。

 ネット時代には様々な情報が入ってくるが、あふれる情報の波の中で、逆に「FTはどう解説しているか」が貴重になった。FTという名前=ブランド力=の強みだ。

■データの取得については自前主義

 電子版購読者増加のほかの理由として、「シンプルな課金までのプロセス作り」と「閲覧アプリの独自開発」があった。
 新聞記事を読むためにお金を払うことに対する心理的な壁は相当厚い。
 そこで、無料登録をしてもらったあと、有料購読契約に移るまでの導線をできる限りシンプルにしたという。

 また、同社は、読者の属性分析を重視している。
 これまでの情報蓄積によって、どのような読者が有料購読者になりやすいのかがわかってきたという。
 そこで、無料登録をしたり、ニュースレターの購読を希望した人の中で、有料に乗り換える確率の高い人をめがけて販促を行っている。

 「ディープ・ビュー」という報告ツールを使い、
 ある広告キャンペーンの効果を、ほかのキャンペーンと比べてどうだったか、
 時間帯の差による違いなどを分析し、こうした情報を広告主に伝える。
 グーグルも同様のサービスを行っているが、FTでは利用者が働く業界、会社の地位など細かい属性も含む情報を提供できる点が違いになっている。

 編集レベルでも、どのような属性を持つ人が、どの記事をいつ読んだかをつかむことができるようになっている。
 そのため、読者の好みに応じてサイトの構成を変化させるなどの工夫ができる。

 もうひとつ、特筆すべき大きな特徴が、自前でのデジタル・テクノロジー開発に積極的に投資している点だ。
 例えば社内にサイトやアプリの開発、研究を行う特別なチームを置いている。
 研究・開発メンバーはそれぞれがテクノロジー企業での勤務経験がある。

 また、読者(=オーディエンス)を測る独自の方法を編み出し、これを「平均の日間グローバル・オーディエンス(Average Daily Global Audience=ADGA)として発表している。
 紙媒体、電子版、パソコン、モバイルなど、読者は様々な形でFTを閲読している。
 どのような形にすれば、「真の読者の姿」を描くことができるのか。
 試行錯誤を続けながら、FTは自らの手で指標を作っている。

■編集室、ジャーナリズムのデジタル化

 日経の幹部は記者会見でFTグループ買収の狙いを「グローバル化、
 デジタル化」という2つのキーワードで説明した。
 編集のデジタル化はまさにFTの強みの1つだ。

 ライオネル・バーバー編集長の指揮の下、FTは電子化・デジタル化を積極的に進めてきた。
 適宜、人員の入れ替え
 (デジタル経験、知識が高い人材を雇用する代わりに、既存人員を削減)
し、紙媒体と電子版の編集室を統合させてもいる。

 2014年からは本格的な「デジタルファースト」(電子版を主とする)方式
にすることを、編集長は2013年秋のスタッフに向けた手紙で明らかにしている。

 デジタルファーストで行うことの要点を紹介すると、
★.「電子版から紙版を制作する形に転換する」
★.「印刷版は1日に1版のみ」、
★.「ウェブサイトは常時更新」、
★.「デスク、記者レベルでは速報よりも文脈を重視する」
★.「オリジナルの、調査ジャーナリズムを提供する」、
★.「編集スタッフは読者との対話を奨励する」。
 目指すこととして、
 「読者のエンゲージメントを高め、読者の要求に合わせること」
としている。


●FTは短文のニュースサイトを始めている

 「読者の要求に合わせる」ために開始したのが、短文ニュースのサイト「FastFT」(ファーストFT)(2013年5月から)である。

 FastFTは、例えばPCでウェブサイトを開けると、右コラムに表示される。
 クリックすると、FastFTの画面になる。
 カテゴリー(経済、マーケットなど)の次に1行の見出し。
 いつ出たか(何分前かなど)の表記があり、その下には1つの文章、あるいは1つか2つの段落の文章が入る。
 短いが一通り話がわかる。

 詳しく読みたい場合は、「オープン」というタブをクリックすると、短い記事が読める。FTの記事にリンクする場合もしない場合もある。
 速報を素早く知りたい場合、他のサイトに行くのでなく、FTで読んでもらうことを狙っている。
 通常の長さの記事を読ませることは目的とはしていない。
 数人のベテラン記者が24時間、速報を流している。

 電子版の有料購読者を増やすために要となるのが、コンテンツ。
 富裕・エリート層の読者がついていること、経済・金融情報という特化された情報を出していることは強みだが、それだけでは不十分、という認識がある。

 そこで、「どこにもないコンテンツ作り」に力を入れている。

 例えばそれは、
スクープ(損失隠しのオリンパスの報道が一例)、
独自の解説や論説のラインアップ、トピックの先取り情報、
長文の記事(平日版では毎日、一つの紙面全体を使って特集記事がある)、
テクロジーを駆使したジャーナリズム(インフォグラフィックス、豊富な動画、記者によるブログ)
など。

 日本でも期待がかかる動画の例をとってみよう。
 動画といっても、他のサイトのようにいわゆる動物や面白おかしい話は対象とされない。
 FTの場合、編集長や記者、企業の経営陣などが数分の動画でコメントを出す、
 インタビューされるといったものが多い。
 例えば、英国では5月に総選挙があった。
 長い分析記事を読むよりも、編集長自らによる数分のまとめ動画で、大体のところがわかり、便利だ。
 政治などの専門分野にいる記者やコラムニストの見立てをポッドキャストで聞くと、状況がすっと頭に入ってくる。
 文章、動画、音ーすべてを使って情報を出している。

 FTが他にはないコンテンツをつくるために、通常は表に出ない要素を一つあげみたい。
 それは、「人」である。
 FTの場合、記者、編集者レベルがすでに、英社会の中では知的エリート層である場合がほとんどだ。
 高額を払い、こうした頭脳を雇用している。

 頭脳(人材)、テクノロジー、読者データの活用などに出来る限り投資をしながら、お金を払ってでも読みたいコンテンツを作っている。

 スクープを連発しているわけでも、調査報道だけにお金を費やしているわけでもない。
 毎日が、コツコツとした努力の積み重ねだが、「立ち止まってはいられない」(バーバー編集長)という認識のもとで、世界中にいる知的読者に向けて、新聞を作っている。

■FTは独特の強さを維持できるのか

 そんなFTの弱みとは何だろうか。
 収入(経営基盤)の話からすれば、以前は広告収入に依存している点が弱みだった。
 しかし、景気後退の際には経営が危うくなることを身をもって体験し、有料購読者による経営の安定を目指す方針に舵を切った。

 それでも、これまでに見てきたような質の高いジャーナリズムを維持していくことは容易ではない。
 「量は質に転嫁する」という言葉もあるように、多くの読者を集めることに成功した新興メディアが優秀なジャーナリストを雇い入れ、果敢にスクープを連発する時代に入っている。
 米国においてはビジネス系のウェブサイトとしては新興の「ビジネス・インサイダー」「バズフィード」などの台頭が著しい。
 当然、ジャーナリストの流動性は大きく、FTに優秀な人材がとどまり続ける保証などない。
 やはり、ウェブ専業者との競争の激化が、最大の「懸念材料」といえるだろう。

 そして、もうひとつ弱みになりかねないのが、オーナーとの関係だ。
 これまでのオーナーだった教育出版社のピアソンと比べれば、日経は同業であり、よりシナジーを出しやすいだろう。
 しかし、一方では、同業ゆえに対立が起きやすいという懸念もある。
 対立を避けるための距離感の取り方は、かなり難しいものになりそうだ。



ダイヤモンドオンライン 2015年7月29日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
http://diamond.jp/articles/-/75690

日経がFT買収、他の経済メディアは対抗できるか?

 日本経済新聞社は、英国の名門経済紙ファイナンシャル・タイムズを発行するフィナンシャル・タイムズ・グループ(以下「FT」)を1600億円で買収することで、FTの親会社であるピアソン社と合意した。

 7月24日の『日本経済新聞』朝刊は、一面トップでこのニュースを大々的に報じた。
 記事では、
★.「紙媒体を持つ世界のビジネスメディアは
 『日経・FT』
 WSJ(※ウォール・ストリート・ジャーナル)を傘下に持つダウジョーンズ(DJ)の2強体制に集約される。
 通信社では
 米ブルームバーグ
の存在も大きく、
 3つの勢力がグローバル市場でせめぎ合う構図になる
と世界のビジネスメディアを要約し、末尾は
 「我々は報道の使命、価値観を共有しており、世界経済の発展に貢献したい」
という喜多恒雄・日経会長の言葉で締めくくっている。

 自らを対象とするニュースとしては、何とも派手で勇ましい書きぶりだが、日経社内の上司・同僚こそが最も熱心な読者となるこの記事にあって、サラリーマン・ジャーナリストである書き手は、自身の最高の文才を発揮したに違いない。

 このニュースで最も話題になっているのは、
★.FTの年間営業利益の35倍とされる「1600億円」という金額の妥当性だ。

 FT買収に複数の企業が手を挙げた中で、最終的に日経が提示した価格の中に、いわゆる「勝者の呪い」の成分が含まれるのはやむを得ない。
 単にFTのオーナーとなるだけにとどまるなら、日経は割高な株価での巨額の株式投資を行っただけに終わってしまう。
 日経がFTをどれだけ有効に活用できるかが勝負だ。


 もっとも、獲得を競った既に名のある海外メディアに較べて、「FT」というブランドを手に入れることのイメージアップ効果は、日経が最も大きいと思われる。
 FTの知名度を考えると内外両方における宣伝効果は大きいし、日経が海外におけるデータ等の商品の販路を獲得する点での効果も大きい。
 また、企業情報やインデックス(株価指数)などでのB to Bビジネスでの相乗効果も見込むことができる。

★.状況証拠的に見ても買収価格は確かに高いのだろうが、日経の経営的決断にはそれなりの納得性がある
と筆者は思う。

 ただし、企業買収の常識に従いFTを速やかに支配下に置いてコントロールし、両者の相乗効果が発揮されるビジネスを実行できなければ、この買収が成功だったとは決して言えない。
 日経という会社のビジネス力が問われる、興味深いケースである
ことは間違いない。

■ビジネスメディアとして突出する日経
国内にライバルが必要ではないか

 世界の3大ビジネスメディアの一角を担うと自称する日経が、その名にふさわしい企業に成長することは、顧客である記事やデータのユーザーにとって喜ばしいことだ。

 しかし、日本のビジネスメディアの世界で、日経だけが突出してさらに力を付けることは、いいことだろうか。
 筆者は、日経のビジネス分野と有効に競争できるライバルが日本国内にも存在する方が、ユーザーにとって好ましいと考える。

 たとえば、少なからぬ数の企業の広報担当者にとって、重要な発表は、他紙よりも日経に先に書かせるように情報提供をコントロールすることが常識になっている。経
 済の世界では圧倒的に存在感が大きい「日本経済新聞」でどう報じられるかが大事なので、日頃から日経との関係を良くしておきたいという意向が企業側で働くのだ。

 これは、日経の経済メディアとしての実力の賜物でもあるが、企業と日経とが平仄を合わせた記事ばかりがよく読まれるような環境では、競争による切磋琢磨がないので、企業報道に深みが生まれない点が読者の側では物足りない。

 また、たとえば金融関係のソフトウェア(一例として株式ポートフォリオの分析ソフト)を作ろうとした場合、しばしば制約になるのが、日経のデータの値段の高さと、日経平均その他の日経が著作権を保有するデータの使用コストの高さだ。
 企業の財務データの構築にも株価指数の作成とメンテナンスにも、それなりに労働集約的な手間が掛かっているので、データが有料なのはやむを得ないのだが、そのコストの高さが、日本の金融研究や投資サービス発達の大きな制約になっている現状は、少なからず残念だ。

 この分野にあっても、日経と有効に競争できる、資金力とマンパワーを備えたライバルが居てほしい。

■いずれのメディアも単独では力不足
「組み合わせ」で対抗するのはどうか

★.経済報道に十分な戦力を持ち、データビジネスでも対抗しうる資金力を持つ、日経のライバルたり得るビジネス主体はどこに存在するだろうか。

 今のところ、いずれの会社も単独では力不足であるように思われる。読売新聞、朝日新聞などの大手総合紙は、傘下のテレビ局も含めると社会には大きな影響力を持っているが、経済・企業報道に関しては、日経と正面から競争するにはやや戦力不足に見える(ただ、筆者は、読売の経済報道について「なかなか良くやっている」と個人的に評価している)。

 また、アベノミクス相場で「会社四季報」がよく売れている東洋経済新報社は、企業の財務データの販売などで日経に対してある程度競争できるビジネスを持っているが、本格的にデータビジネスで対抗するには、企業体力が不足している。
 また、本稿の掲載媒体を擁するダイヤモンド社も経済・企業分野の報道およびデータビジネスの資源を持っていて、ライバル候補の一角だが、直ちに日経と全面対決する戦力を単独で用意するのは厳しそうだ。

 それでは、これら4社の組み合わせで、日経に対抗するのはどうか。

 「読売+ダイヤモンド」、
 「読売+東洋経済」、
 「朝日+ダイヤモンド」、
 「朝日+東洋経済」
いずれの組み合わせがいいのか、社風の組み合わせや買収価格の問題もあるが、大手総合紙が、老舗の経済誌を擁する経済メディア2社のいずれかを買収して、日経に本格的に対抗し得るビジネスメディアの構築を目指すと魅力的なものになるのではないだろうか。

 あるいは、読売、朝日、さらには毎日新聞辺りまで含め、たとえば日経が世界3大ビジネスメディアの一角として敬意を払うブルームバーグと電子版のビジネスを融合させて、海外経済メディアの日本ビジネス展開の先兵となる手もあるのではないか。

 ブルームバーグは、大量の金融データとシステム開発力を持っている。
 データビジネスにおける日経との競争者の役割は、同社の頑張りに期待するのが早道なのかもしれない。

 ブルームバーグと日本の新聞社、さらにはダイヤモンド社を含む経済メディアの組み合わせは、日本の経済・企業情報ユーザーにとってなかなか魅力的に思える。

■鍵を握るのは読売、朝日
さてダイヤモンド社は?

 いずれにしても、鍵を握るのは、読売、朝日の二大新聞社だ。
 国内の経済出版社を吸収するか、海外の経済メディアと深く組むか、あるいはその両方の手を打つか。
 メディアにとって、経済・ビジネスは「お金になる」可能性の大きい分野だし、データ等のB to Bのビジネスにも可能性がある。
 戦場は日本国内だけではないが、日本のビジネスに限っても日経に独占させておくのはもったいない。

 ダイヤモンド社について考えよう。
 日経に対抗しうる経済メディアの登場を待望するユーザーの立場からすると、読売新聞社か朝日新聞社のいずれかに吸収されて、大きな資金と読者数に多彩な発信媒体、さらに総合紙の持つ情報も手に入れつつ、経済・企業報道とデータビジネスの中核を成す役割に特化することが面白いと思うのだが、いかがだろうか。
 さて、ダイヤモンド社の社員にとっては、一緒になるなら、読売と、朝日のどちらが好ましいだろうか?

 何はともあれ、日経は思い切った手を打った。
 このこと自体は、一読者・ユーザーとして大いに歓迎したいし、賞賛するにやぶさかでない。
 次に問われるのは、ライバル候補達の行動力だ。



現代ビジネス 2015年07月28日(火) 町田 徹
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44380

内外メディアが厳しい眼を向けるのは当たり前
日経出身の私だから言える
「FT買収」は英断か、無謀か

■買収「成功のカギ」はなにか

 「迷い足」という日足(1日の株価の軌跡)をご存じだろうか。
 前日より高い価格で1日の取引を終えたものの、その日の高値で終わるほどの勢いはないことをいう。
 市場では期待する気持ちが支配的ながら、確信を持つには至らない状態だ

 テレビ東京ホールディングス株が先週末(7月24日)に見せた、「迷い足」の動きこそ、親会社の日本経済新聞社(株式非公開)による英フィナンシャル・タイムズ(FT)の100%買収に対するマーケットの現時点での評価といってよいだろう。

 大手メディアの買収劇というと、新興メディアによる伝統的メディアの吸収ばかりが目立つ中で、
 140年の歴史を持つ新聞社の日経が、創業127年を誇る新聞社のFTを買収するというのは、世界規模で見ても異例のチャレンジ(挑戦)である。

 日本語という厚い防御壁の中、人口減少とデジタル化で縮小均衡に甘んじてきた日本のメディアから、その壁の外へ成長機会を求めようというチャレンジの第1号でもある。
 果たして、この野心的な挑戦は成功するのだろうか。
 成功に必要な鍵は何なのか探ってみたい。

 「ご出身の日経新聞ですが、発表によると、FT の買収に1600億円も費やすそうですね。
 早朝から電話で恐縮ですが、コメントしていただけませんか」――。

 18年間にわたって記者として育ててくれた日本経済新聞社を退社して、フリーランスになって13年以上が過ぎた7月24日の朝、私は夕刊フジからの電話で起こされた。

 醒めない頭に浮かんできたのは、2013年11月に日経が電子新聞「NAR(Nikkei Asian Review)」を創刊した時の裏話だ。
 同社は過去に、経済情報機関という他の日本のメディアにない特性を活かし、英文日経や「Tokyo Financial Letter」などの媒体を発行して何度も海外展開を試みてきた。
 そして、背水の陣で創刊したのがNARである。当時の戦略は自前路線。つまり、投資額とリスクを抑えて、小さく生んでじっくり育てようというものだった。

 だが、当時の日経には、別の選択肢もあった。
 親会社ピアソンが売却する意向らしいとされていたFTを買収するという選択肢である。
 投資額はNARとは比較にならないほど巨大だが、貴重な時間を節約し、世界に通用するブランド力を持つ新聞や電子媒体の事業を迅速に手に入れられる選択肢だった。
 電話で起こされてコメントを求められた私は、日経が改めてリスクの大きいFT買収を決断したのだと直感した。

 ■伝統×伝統

 一端、電話を切って急いで発表内容を確認し、
 「(何度か浮かんだり消えたりしたのでしょうが、)2、3年前から日経の社内で買収を検討しているという話を聞いていた。
 プライドの高い英国ジャーナリストの会社を日本企業が経営できるのかなど、簡単ではなく時間もかかると思うが、(とてもチャレンジングな経営判断であり、)日本のメディアが変わるきっかけになる可能性もある」
とコメントした。

 FTの創刊は1888年。
 欧州を代表する経済紙で、今回の売り手のピアソンが1957年に買収して以来、保有し続けてきた。
 購読者数73万7000人のうち、
 7割を1995年にいち早く創刊した電子版が占める。
 米国が拠点のウォールストリート・ジャーナルの後塵を拝しているものの、経済紙として米国でも確固たる地位を築いているのが特色だ。

 一方の日経は1876年の創刊で、直近の発行部数は273万部
 2010年度にスタートした電子版の有料読者は43万人に達している。
 FTと合わせれば、最大のライバルであるウォールストリート・ジャーナルと互角以上に闘えるだろう。

 FTらしくて面白いのは、買収交渉の内幕をFT自身が発表当日に電子版で報じていたことだ。
 日経が本格的に買収交渉に参入したのは5週間前であること、
 最終局面で大衆紙「ビルト」を発行する独アクセル・シュブリンガー社がリードしていたこと、
★.そして最後の10分ほどの間に、
 日経が8億4400万ポンド(約1600億円)を全
 額現金で支払う
と提案して大逆転したこと
などが記されていた。

 ピアソンと日経の発表によると、この8億4400万ポンドの中には、FTから引き継ぐ現金(1900万ポンド)が含まれており、
★.日経の実際の支払額は8億2500万ポンドになる
 日本のメディア企業の海外企業買収としては過去最大規模だ。
 買収対象には、ピアソンの資産であるロンドンのFT本社ビルは含まれない。

 過去10数年、大手メディアの買収劇といえば、ネット通販大手アマゾンによるワシントン・ポストの買収や、ニューズ・コーポレーションによるウォールストリート・ジャーナル(ダウ・ジョーンズ)の買収など、買い手はいつも新興メディア。
 伝統的なメディアは吸収される側だった。
 ところが、今回は両方が伝統のある名の通った新聞社である。

■日本語という高い参入障壁

 幹部4人が登壇した日経の記者会見で印象的だったのは、日経のFTに対する気遣いぶりだ。
 喜多恒雄会長は
 「FTは127年にわたる歴史をもって、ヨーロッパのみならず、世界に冠たる経済メディアとして多くの読者の信頼を勝ち得ています」
と称賛したうえで、FTのライオネル・バーバー編集長らへの信頼を表明、
 「報道機関に最も必要な編集権の独立は、これまでと変わることなく維持されます」
と確約した。

 編集権の独立については、岡田直敏社長も
 「これまでのFTのトップとの面談で何度も繰り返して伝えています」
 「違う新聞社ですから、書く内容、とらえ方は違ってくることがあります。(買収しても)合体するわけではなく、FTはFTであり、日経は日経です。
 お互いの編集方針、編集局のカルチャーは尊重し合います」
と補足した。

 こうした気遣いには、プライドの高いFTの幹部や社員が日経による買収に不安を感じて退社するのを防ぎ、買収を成功に繋げたいという思いが込められているようだ。

 日本のメディアは、豪州出身のマードック氏率いるニューズ・コーポレーションがテレビ朝日に食指を伸ばしたものの買収に失敗するなど、日本語という高い参入障壁に守られて、海外からの買収攻勢をかわしてきた。

 近年は、人口減少や高齢化に伴う読者の減少と、デジタル化・インターネット普及に伴う広告収入の減少に悩まされている。
 事実上の賃下げや、下請けの編集・制作プロダクションへの支払額の引き下げによって、かろうじて利益やキャッシュフローを維持しているところがほとんど。
 新聞社、放送局、出版社、いずれも大同小異である。

■海外メディアの眼は厳しいが・・・

 日経のFT買収に対する内外メディアの反応は様々だ。
 朝日新聞は「日経新聞、世界相手にデジタル戦略加速か」との見出しを付けた記事で、
 「国内の同業者は衝撃を受けている。
 大手紙の広報幹部は『日経の動きも参考にしたい』」
と語ったと、高く評価した。

 しかし、ライバルを中心に懐疑的な論評もある。
 毎日新聞によると、ウォールストリート・ジャーナルは
 「日本のメディア文化は多くの面で、西側諸国とは違う。
 企業や政府といった取材対象に敬意を払う傾向がある」
 「(辛辣な論評で知られるFTの買収は)日経にとって試練になる可能性がある」
と報じた。
 ウォールストリート・ジャーナルは日本語版で
 「ピアソン、FT売却で手元資金を確保-日経は利益の35倍支払う」
という批判記事も掲載した。

 しかし、ライバルたちの批判的な論評はポジション・トークだろう。
 日経の経営陣が、あえて大きなリスクをとって、M&Aをテコに国際化を進め、シナジー効果を生み出すチャレンジの決断をしたことは高く評価すべきだ。
 すでにウォールストリート・ジャーナルがニューズ・コーポレーション、ロイターがカナダの情報会社トムソンの支配下に入っており、今回、FT買収のチャンスを逃せば、こうした好機は二度と訪れなかったかもしれない。

 冒頭で記したテレビ東京ホールディングス株の「迷い足」は、朝方、前日比59円高で寄り付き、一時15円高まで上げ幅を縮めたものの、最終的に70円高で取引を終えたというものだ。
 迷い足と言っても、基本的にはポジティブな評価なのである。
 しかし、その日の高値(123円高)を維持できなかったことは、市場がまだ成功するとの確信を持っていないを反映している。

 今後、大きく成功させるためには、重要なポイントが2つある。
 その第一は、1600億円という買収価格の適正性と資金回収の目途だ。
 2013年のアマゾンによるワシントン・ポスト買収(買収価格2億5000万ドル、1㌦=120円換算で300億円)の5倍を超える今回の買収額は割高だといった論調も目立つ。
 しかし、知名度は高いもののワシントン地区の地方紙に過ぎず、部数も電子版戦略でも目立った特性がなかったワシントン・ポストとFTの企業価値を単純に比較するのはナンセンスだ。
 強力な競争相手がいたために買収合戦になり、買収価格が上昇したという事情もある。

 ■無謀な買収?

 それほど無謀な買収なのか。
 念のため、日経の体力を見てみよう。
 昨年12月期の決算短信によると、
 日経は負債合計1522億円に対し、純資産が3147億円と2.07倍ある
 しかも純資産の中の利益剰余金は2827億円もあり、日経が利益を蓄え込んでいることがわかる。

 蓄えた利益は、「現金及び預金」で1030億円、
 「流動資産の有価証券」で362億円を保有している。
 その気になれば、今回の買収額の半分程度は、こうした手元資金で賄えるだろう。

 明確なデータはないが、FTの純資産額は1000億円前後で、買収のプレミアム(いわゆるのれん代)は、500~600億円程度とみられる。
 FTの収益力からすると、10年前後で十分回収できるのではないだろうか。
 FTは、不良債権を隠し持っているリスクが付き物の金融機関や、経営が市況に大きく左右される市況産業の企業ではないので、想定外の減損に見舞われるようなことも考えにくく、この仮説は十分成立するだろう。

 日経は役員や社員が株式を保有する会社で、上場企業のような情報開示義務がない。
 24日の記者会見では、「現在、ファイナンスについて交渉中で確定したものがない」として、買収価格の適正性や回収の目途について、ほとんど情報を開示しなかった。

 だが、一般上場企業に手本を示すべき経済新聞社としての立場から、「年内がメド」という買収手続きの完了時には、買収に伴うファイナンス戦略をきちんと説明して見せるべきである。

 2つ目が、編集、ビジネス両面でのシナジー効果を具体的にどう実現していくかという戦略だ
 岡田社長は記者会見で前述のNARに言及し
 「大きく育てたいと考えています。
 が、時間がかかります。
 ブランド力があり、人材も豊富なFTと一緒になることで速くメディアを大きく育てられるというのが買収の狙いです。
 どう進めるかはこれからFTの皆さんとじっくり話をします」
と述べるにとどまった。

 NARへの寄稿をFT記者に依頼するのか、編集そのものを委託するのか、思い切ってNARの看板を掛け変えて「FT―NAR」とするのか、ちょっと考えただけでも様々な手法が想定されるはずである。

■時間的な余裕はない

 また、双方の媒体の海外情報を充実させるのならば、かなり早い段階での記事・情報の共有が必要だ。
 究極の姿としては、両社の編集局を統合して、1つの編集局で2つの新聞を作り出すような形にすれば実効が上がるかもしれない。
 それには、会長、社長が否定した編集権の独立の問題だけでなく、すべてのスタッフが英語と日本語の両方に精通する必要もある。
 これらは容易に解決できるテーマではない。

 編集に比べ、ビジネス面での協力は容易だ。
 双方の広告営業部隊が相手方の広告営業をすれば、双方の広告収入の拡大に役立つはずである。
 デジタル化が進展する以上、システム開発投資が膨らみ続けるので、緊密に協力して資本と開発資源をうまく集中できれば、これも双方にとって大きなメリットになるはずである。

 これらのシナジー効果の出し方も、「年末がメド」という買収手続きの完了時までには詰めを終える必要がありそうだ。
 時間的な余裕はない。
果断な戦略策定が、今回の買収を成功に導くための必要条件と言えそうだ。




中国の盛流と陰り



_