2015年6月27日土曜日

南シナ海問題(7):大国中国を前にしての小国フィリピンの言い分、「国際公法への中国の挑戦」と

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●中国が埋め立てを進める南シナ海・スプラトリー諸島(南沙諸島)の7つの環礁(カルピオ判事のプレゼン資料より)


JB Press 2015.6.26(金) 松本 太
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44145

フィリピン最高裁判事、中国の主張を一刀両断に
フィリピンからのメッセージ(その1)


●「海洋公共財に関する共通の行動に向けて」と題したワークショップで基調講演するフィリピンのアントニオ・カルピオ判事

 マニラに来ています。
 また来てしまったというべきでしょうか。
 昨年、バレンタインデーのカップルで賑わうマニラを訪れて以来、もう4度目になります。
 なにしろ、フィリピンの人々からの日本への熱い期待が尋常ではないのだから、無理もありません。

 つい3週間前のアキノ大統領の訪日が象徴するように、日本とフィリピンの関係は絶好調です。
 その大きな理由は、やはり南シナ海で中国が急速に進めている埋め立て工事にあります。
 大きな中国を前にして、小さなフィリピンは、単独では立ち向かえない
のです。

 かといってASEANだけでも心もとなく、アメリカとの同盟関係が頼りですが、日本のようなアジアの同胞との関係強化こそが、やはりフィリピンの人々の心の支えとなるといった雰囲気がマニラに漂っているのです。

■国際法に基づいて中国の道義を問うカルピオ判事

 今回マニラを訪れたのは、「海洋公共財に関する共通の行動に向けて」(Towards Common Actions on Maritime Commons)と題して地域の専門家を集めたワークショップ(6月15日開催)を、世界平和研究所、フィリピン外務省の外交研究所、フィリピン大学の海洋問題・海洋法研究所の3者共催で開催することが目的です。

 結果から言うと、会議には100人近くの人々とテレビ・カメラのクルーが押し寄せて、大きく盛り上がりました。
 というのも、フィリピンの最高裁判所判事で南シナ海問題についての権威でもあるアントニオ・カルピオ判事に基調講演を快く引き受けてもらえたからです。
 翌日のフィリピンの各紙にはカルピオ判事の言葉が並ぶこととなりました。

 「南シナ海紛争における法の支配」と題する今回の講演を聞いて改めて思いました。
 カルピオ判事は、本当にフィリピンにとっての国の宝なのです。
 どんな国でも、国家を支える意志と能力と、そして何よりも知的パッションを持った人々がいて初めて国家が有効に機能するとすれば、中国と対峙するフィリピンにとってカルピオ判事は本当になくてはならない人物だからです。

 南シナ海での中国の不法な動きを前に、カルピオ判事は、フィリピンの直面する課題の只中に身を置き、冷静な言葉と分析で問題の輪郭を正確に切り取り、フィリピンの人々ばかりか国際社会に対して国際法に基づく道義を提示しようとしています。

 今回から4回に分けて、カルピオ判事の示してくれた国際法の解釈を紹介しつつ、皆さんと一緒に南シナ海問題を改めて考えたいと思います。

■中国の埋め立て工事の現状とは

 まずカルピオ判事が示してくれた事実を整理してみましょう。
 それは以下のとおり、最近撮影された画像を元にした、中国による7つの礁での埋め立て工事に関するフィリピンから見た詳細な分析です。

●・「ファイアリクロス礁」は、もともと高潮時に1メートルだけ姿を現している環礁だった。
 現在、中国による200ヘクタールに及ぶ最大の埋め立て工事が完了に近づいており、2015年中に3000メートルの滑走路と大型船が寄港できる港が造成されつつある。
 その規模は、インド洋の米軍基地であるディエゴ・ガルシア島の2倍になると予想されている。


◉ファイアリクロス礁の工事の様子(カルピオ判事のプレゼン資料より)

●・「ジョンソン南礁」はフィリピンの排他的経済水域(EEZ:沿岸から200海里)内にあり、中国による埋め立てがほぼ完成に近づいている人工島である。
 しかし、もともとジョンソン南礁は低潮時のみに海面上に姿を現す「低潮高地」(Low Tide Elevation, LTE)であり、国連海洋法条約に基づけば、原則として領海を主張できない。
 中国軍は1988年にジョンソン南礁のベトナム駐留軍に戦いを仕掛け、ベトナムから武力によって奪い取った。
 その際に77名以上のベトナム兵士が戦闘で亡くなっている。

●・「マッケナン礁」での埋め立て工事もほぼ完成に近づいている。
 6.8ヘクタールに及ぶこの環礁もフィリピンのEEZ内にあるLTEである。
 フィリピンのパラワン島までは178海里であり、一方、中国の海南島までは784海里もある。
 現在、中国はこの環礁に6階建ての建物をほぼ完成している。

●・「ガベン礁」は、フィリピンのEEZの外側にあるLTEである。
 このサンゴ礁でも、マッケナン礁と同様の6階建ての建物がすでに完成している。


◉ガベン礁の工事の様子(カルピオ判事のプレゼン資料より)

●・「クアテロン礁」もフィリピンのEEZの外側にある。
 もともと高潮時にも姿が見られるサンゴ礁である。

●・「スビ礁」もフィリピンのEEZの外側にあるLTEである。
 100ヘクタールに及ぶ埋め立てが進められ、3000メートルの滑走路の工事が進んでいる。

●・「ミスチーフ礁」はフィリピンのEEZの内側にあるLTEである。
 1995年にフィリピンから中国が奪取した。
 この環礁では、西側の9キロに及ぶ領域が埋め立てられつつある。
 南側の3.5キロに及ぶ埋め立て工事の部分がつながるように工事が進めば、全体で500ヘクタールに及ぶ環礁が埋め立てられるおそれがある。
 フィリピンにとって重要なのは、ミスチーフ礁がフィリピンのパラワン島から125海里しか離れていないという点だ。
 今後、ミスチーフ礁が中国海空軍の基地となるならば、フィリピンのそのほかの島や環礁への補給を中国が封鎖することができるようになってしまうおそれがある──。

 ちなみに、会議に参加していたフィリピン軍関係者などによれば、こうした埋め立て工事のスピードは最近とみに加速しているようです。

 6月16日に発出された中国外務省の声明において、「埋め立て工事を近日中に完了する」としているのは、米国との関係を忖度した中国の関係改善に向けた動きではないかとの北京発ニュースが流れました。
 しかし、それはずいぶん表面的な理解で、マニラでは、むしろ中国の本当の意図は、もともと予定していた工事を一層加速して進めることではないかとの見方がもっぱらでした。

■フィリピンの常設国際仲裁裁判所への提訴の内容

 次にカルピオ判事は、このような埋め立て工事が中国によって進められている中で、フィリピンが常設国際仲裁裁判所に提訴している内容が国連海洋法条約の解釈問題であることについて、分かりやすく解説してくれました。

★.フィリピンが提訴しているのは、中国とフィリピンの間の領土問題ではありません。
 あくまでも南シナ海の島や環礁の法的地位と権原をめぐる提訴なのです。

 重要なのは、その裁判の結果によっては、「九段線」の主張に基づいて中国が埋め立て工事を加速している7つの礁と、2012年にフィリピンから実効支配を奪ったスカボロー礁に関して、中国が領海やEEZに対する主張を行うことが法的に無意味であることを明らかにする可能性を秘めているということです
(注:「九段線」とは中国が南シナ海の領有を主張するために引いている海上の境界線)。

 カルピオ判事は次の5つの論点を指摘します。

(1):中国の九段線の主張は、そもそも(中国大陸という)陸地から測られたものではないので中国の領海やEEZを構成しない。
 それはフィリピンのEEZを侵すものとなるのか。

(2):フィリピンのEEZ内にあってLTEであるミスチーフ礁、ジョンソン南礁はフィリピンの管轄下にあるかどうか。
 また、フィリピンのEEZの外にあるがフィリピンの大陸棚に存在するスビ礁は、海洋上の権原を有するかどうか。
(注:「大陸棚」とは、原則として領海の基線からその外側200海里の線までの海域の海底を指す。
 地理的条件等によっては、海洋法条約の規定に従い延長することができる。
 沿岸国は大陸棚での人工島、設備、構築物の設置が認められている。
 一方、沿岸国以外の国は、沿岸国の同意なしに大陸棚で探査および天然資源の開発などを行うことができない)

(3:)ガベン礁およびマッケナン礁(ヒューズ礁を含む)はLTEであり、それ自体の権原を有しないが、その低潮線は、ベトナムが現在実効支配するナムイット島およびシン・カウ島の領海を図る基線の決定に活用できるかどうか。

(4)ファイアリクロス礁およびクアテロン礁は、フィリピンのEEZの外にあるが、フィリピンの大陸棚に位置しており高潮時に水面上にある。
 それらはEEZを有しないのかどうか(カルピオ判事は、スビ礁、ガベン礁、ファイアリクロス礁、クアテロン礁のいずれも200海里を超えてフィリピンの大陸棚に位置していると見なしています)。

(5):スカボロー礁は、どの国が所有するにせよ、12海里の領海を有するかどうか、また、200海里のEEZを有するかどうか。

★.さて、法的に重要なのは、
 中国が埋め立て工事を行っている少なくとも5つの礁は、低潮高地(LTE)である
という事実です。

 国連海洋法条約第13条1は、
★.「低潮高地とは、自然に形成された陸地であって、低潮時には水に囲まれ水面上にあるが、高潮時には水中に没するものをいう」
と定義しています。
 また、同条2によれば、こうした
★.「低潮高地は、その全部が本土または島から領海の幅を超える距離にあるときは、それ自体の領海を有しない」
とされているのです。



■「中国は国際秩序に挑戦していることになる」

 論点を示した上で、カルピオ判事は国連海洋法条約に従って次のように解釈します。

1].フィリピンのEEZ内にあってLTEであるミスチーフ礁、ジョンソン南礁、マッケナン礁などについては、高潮時に姿を見せる岩ではないので、当然、
(1):12海里の領海も、
(2):その上空の領空も、
(3):200海里のEEZも、大陸棚も、
(4):500メートルの安全水域も
有しません。
 従って、これらの環礁で行われている中国の埋め立て工事は明らかに国連海洋法条約に違反していることになります。

2].一方、ファイアリクロス礁およびクアテロン礁は、高潮時も水面上にある「岩」であるので、EEZは有しないものの、そこで行われる埋め立て工事は領土の拡張ということになり、国連海洋法条約上、何ら問題はなく、12海里の領海および領空を有することになります。

 しかし、そのような岩の埋め立て工事にせよ、海洋環境を破壊することや、サンゴ礁等の生態系に重大な影響を与えることを国連海洋法条約は国家に許容していないのです。
 国連海洋法条約第192条は、
 「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」
と定めているのですから。

 また、同条約第290条によれば、
 「裁判所は、終局裁判を行うまでの間、紛争当事者のそれぞれの権利を保全し又は海洋環境に対して生ずる重大な害を防止するため、状況に応じて適当と認める暫定措置を定めることができる」
とも記されています。

 だからこそ、カルピオ判事は、
 「フィリピン政府は裁判所に対して中国による埋め立て工事を停止させるための暫定措置を求めることができる」
ことを指摘しつつ、
 「もし中国が裁判所の指示に従わなければ、中国は国際秩序に挑戦していることになるだろう」
と切り捨てたのです。

 このようにして、南シナ海の85%以上を中国が領有するという九段線の主張が、国際法に照らせばいかに荒唐無稽であるかを、カルピオ判事は示したのです。

(つづく)

(本稿は筆者個人の見解です)



JB Press 2015.6.27(土) 松本 太
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44146

南シナ海の埋め立て、合法と非合法の分かれ目は?
フィリピンからのメッセージ(その2)

前回(「フィリピン最高裁判事が中国の主張を一刀両断に」)に引き続き、マニラからの報告を続けます。

 今回マニラを訪れたのは、「海洋公共財に関する共通の行動に向けて」(Towards Common Actions on Maritime Commons)と題して地域の専門家を集めたワークショップ(6月15日開催)を、世界平和研究所、フィリピン外務省の外交研究所、フィリピン大学の海洋問題・海洋法研究所の3者共催で開催することが目的です。

 基調講演を引き受けてくれたのは、フィリピンの最高裁判所判事で南シナ海問題についての権威でもあるアントニオ・カルピオ判事でした。

 前回は、南シナ海における中国の埋め立て工事はどこまで進んでいるのか、国連海洋法条約に照らし合わせると中国の行為はなぜ認められないのかについて、カルピオ判事の分析を紹介しました。
 カルピオ判事の主張をさらに紹介していきましょう。

■中国は埋め立て工事の前に沿岸国と調整すべき

 最初の法的問題は、中国が7つの礁で埋め立て工事をする際に、ベトナムやフィリピンなどの沿岸国と協議すら行っていないことです。

 カルピオ判事は次のように言います。
★.国連海洋法条約第122条に基づけば、南シナ海は半閉鎖海なのです。
 同条は、
★.「『閉鎖海又は半閉鎖海』とは、湾、海盆又は海であって、二以上の国によって囲まれ、狭い出口によって他の海若しくは外洋につながっているか又はその全部若しくは大部分が二以上の沿岸国の領海若しくは排他的経済水域から成るものをいう」
としています。

 そうなると、
 「閉鎖海又は半閉鎖海に面した国の間の協力」を謳う第123条に従って、
 同一の半閉鎖海に面した国々は、例えば、海洋環境の保護及び保全に関する自国の権利の行使及び義務の履行について、相互に調整を行う必要があるのです。

 しかし、中国はこのような点について沿岸国たるベトナムやフィリピンに通報もせず、協議も協力も行っていないのです。
 この点において、国際社会が中国が埋め立て工事という一方的な現状変更を行っていることを非難しているわけです。

■沿岸国であるベトナムやフィリピンの工事は合法

 中国は、南シナ海でベトナムやフィリピンも同様の工事を行っているのだから、中国も埋め立て工事をやっているのだという説明を行っています。
 しかし、カルピオ判事は、このような中国の見方も法に基づいて一刀両断します。

 すなわち、南シナ海においてベトナムやフィリピンがこれまでに行った工事は、中国とは異なって合法的であることもカルピオ判事から指摘されたのです。

 そもそもベトナムやフィリピンは、中国のように南シナ海の「LTE」(Low Tide Elevation:低潮高地)に対して主権を主張しているわけではありません。
 また、ベトナムとフィリピンは、常に海面上にある「島」においてしか工事を行っていないのです。
 従って、これは国連海洋法条約の上で合法的な行為となると言うのです。

★.なぜ合法なのかというと、同条約第60条および第80条によれば、沿岸国はEEZおよび大陸棚において、人工島、施設および構築物の建設、運用および利用を許可および規制する排他的権利を有しているからです。
 そして、ベトナムやフィリピンは、現在、両国が実効支配している「島」の沿岸国なのです。

 また、台湾でも2014年9月に馬英九総統が、台湾はそもそも南シナ海の「島」に対してしか主権を主張しておらず、その他のLTEに対しては主権主張を行っていない旨を述べたことも、カルピオ判事から紹介されました。
 同判事は、これは中国政府の「九段線」の主張や歴史的主張に対する痛烈な打撃となったと考えています
 (注:「九段線」とは中国が南シナ海の領有を主張するために引いている海上の境界線)。

★.実際、現在の中国共産党が支配する中国政府が成立する以前に正当な中華民国政府であった台湾の国民党政府のトップ、それも国際法に精通する馬総統が、国連海洋法条約に基づく解釈を提示していることは忘れてはならないでしょう。

■中国は公海において人工島を造成することができるのか

 それでは、中国は「公海の自由」の原則を持ち出して、人工島を公海に造ることができるのでしょうか。
 カルピオ判事は、これも法的にできないことを明らかにしてくれました。

 確かに、国連海洋法条約第87条1は、
 「公海は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、すべての国に開放される。
 公海の自由は、この条約および国際法の他の規則に定める条件に従って行使される」
と記し、公海の自由に含まれるものとして、航行の自由や上空飛行の自由などに加えて、その「d.」において、
 「国際法によって認められる人工島その他の施設を建設する自由。
 ただし、第6部の規定の適用が妨げられるものではない」
と明記されています。

 第6部は第80条も含まれますから、この「87条1 d.」の規定が適用されるのは、沿岸国がEEZを越えて大陸棚を主張することができない場合に限定されるのです。

 すなわち、沿岸国であるフィリピンが200海里も越える延長大陸棚を有する場合、その大陸棚に位置している環礁で、中国が人工島を作ることは、公海上であっても問題となるということです。

 また、人工島が公海に建設されるとしても、それは平和的な目的(非軍事)に限ったものであるべきなのです。
 なぜなら、
 第88条において、「公海は平和的目的のために利用されるものとする」と記されているからです。

■近代国際海洋法の基礎への中国の挑戦

 カルピオ判事は、講演の最後において中国が国際社会に突きつけている本質的な問題を提示してくれました。
 それは、
★.海洋の自由という近代国際法の原則に中国が挑戦している
という点です。
 まさに、
★.フーゴー・グロチウスの「自由海論」対ジョン・セルドンの「閉鎖海論」として知られる海洋の原則をめぐる問題そのものなのです。

 グロチウスは1609年に「自由海論」(Mare Liberum)を著しました。
 これは、東インドに対するポルトガルの所有権を否定し、母国オランダの立場を擁護する観点から海洋の自由を論じ、すべての国が東インドとの通商に参加する権利を有することを主張したのです。

 一方、イギリスのジョン・セルデンは、1635年に「閉鎖海論」(Mare Clausum)を著し、グロチウスの自由海論に対抗しました。
 当時のイギリスは近海の漁業支配の独占を狙っていたことから、セルデンはイギリスによる近海漁業の支配の論拠として海洋が領有可能であることを主張したのです。

★.しかし、海洋の自由を訴えたグロチウスの「自由海論」が、
 結局、その後の近代的な海洋法秩序形成を促し、
 現代の国連海洋法条約を根拠づけることになりました。

 この点についてカルピオ判事は次のように述べ、中国の「九段線」の主張が近代の海洋国際法に突きつけている挑戦の意味を明らかにしました。

★.「今日、国家は海洋の全体か、そのほとんどに主権を及ぼすことができるとするジョン・セルデンの議論を、中国は改めて惹起しています。
 この問題が、フィリピンが国際仲裁裁判所に提訴した問題の核心にあります。

 もし、中国の九段線の主張が許容されるならば、海洋法のグロチウス的基礎に対する直接的な攻撃になります。
★.すなわち、
 公海における上空飛行の自由、
 航空の自由、
 沿岸国のEEZに対する権利、
 人類の共同の財産
といったすでに確立されている原則の全てが危機に瀕するのです。

 国際社会は、一国家が海洋法を書き換え、ほぼ全体の海に対する疑いを得ない主権を行使することを可能にし、公海をその主権の管轄下におき、沿岸国のEEZの相当の領域を奪取することを、はたして許容できるでしょうか。
 そのいずれもが、国連海洋法条約における国際社会の法的な海洋上の権利であるにもかかわらず」

 すなわち、中国による南シナ海の埋め立て工事の規模や速度だけが問題なのではなく、埋め立て工事を含めて九段線の主張そのものが国際法に照らして不法であるばかりか、近代の国際法の実質的法源への挑戦であるという単純な真実なのです。

 さて次に、マニラにおいてカルピオ判事が示した中国による歴史の改竄や専門家による議論をさらに紹介しましょう。

(つづく)

(本稿は筆者個人の見解です)



JB Press 2015.6.29(月) 松本 太
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44150

中国が改竄する南シナ海の歴史的事実
フィリピンからのメッセージ(その3)


●中国の船が浚渫(しゅんせつ)作業を進めるスプラトリー諸島のミスチーフ礁(2015年3月16日撮影)。(c)AFP/CSIS Asia Maritime Transparency Initiative/DigitalGlobe〔AFPBB News〕

 これまで、マニラの会議で行われたフィリピン最高裁のアントニオ・カルピオ判事による国際法の解釈について紹介してきました(「フィリピン最高裁判事が中国の主張を一刀両断に」「南シナ海の埋め立て、合法と非合法の分かれ目は?」)。

 今回と次回は、カルピオ判事が指摘した「南シナ海の歴史問題」と「南シナ海において中国の行動をいかにすれば止められるのか」という専門家の議論についてさらにご紹介したいと思います。

■国連海洋法条約では「歴史的事実」は無意味

 中国はこれまで南シナ海について言及する際に、中国の過去の歴史を持ち出して、中国の領有権を主張してきました。
 例えば、2014年5月のシンガポールにおける「シャングリラ対話」(アジア安全保障会議)において、中国人民解放軍の王冠中・副総参謀長が「中国は漢の時代に早くも南シナ海、特に南沙諸島や関連海域の管理を始め、徐々に完備していった。
 漢の時代とは紀元前200年、今年は2014年。
 この方面の歴史的資料や文献は大量に残されている」と表明しています。

 しかし、国連海洋法条約の解釈においてこのような歴史的事実は何ら意味を有していないのです。
 カルピオ判事は、次のとおり指摘します。

 「排他的経済水域(EEZ)や大陸棚を主張するのに、歴史的な権利や歴史的な権原に言及することはできません。
 国連海洋法条約下において、
 沿岸国に『主権的権利』が与えられるEEZが創設されたことは、
 沿岸国のEEZに対する他国の歴史的な権利や主張を全て消滅させた
のです。
 EEZにおいて『排他的』というのは、その領域の経済的な利用は沿岸国以外に許容されないという意味で、排他的なのです。
 他国が、沿岸国の明らかな了解なくして、そのEEZの天然資源を利用することはできないのです」

 2002年に署名された南シナ海に関するASEANと中国の行動宣言(DOC)においては、
 「南シナ海問題は、普遍的に認められた1982年の国連海洋法条約を含む国際法の原則に従って解決される」
とされており、歴史的事実への言及はありませんでした。

 しかし、2013年1月にフィリピンが常設国際仲裁裁判所に提訴を行った直後には、中国の王毅外相は、
 「南シナ海問題は、歴史的事実と国際法に基づいて解決されるべき」
と言い出したのです。
 ちなみに、DOCに署名したのは、当時中国の外務次官であり、特使を務めていた、現在の王毅外相です。

 6月16日に発出された中国外務省の南シナ海の埋め立て工事に関する声明においても、次のように「歴史的事実」の尊重について言及しています。

 「中国はその領土主権と海洋の権利と利益を固く守りつつ、国際法に従って、歴史的な事実を尊重することを基礎とする交渉と協議を通じて、南シナ海行動宣言を完全かつ効果的に実施するという枠組みにおいて、ASEAN加盟国と南シナ海行動規範の協議を積極的に進め、直接的な関係国との間で関連する問題について解決をすべく努力を継続する」

■カルピオ判事が論駁する中国の歴史的事実

 カルピオ判事は、以上のとおり、南シナ海問題の
 法的解釈において歴史的事実は意味がない
ことを指摘した上で、歴史的事実を見よと言っている中国の主張にあえて応じてみようと言います。

 中国は南シナ海の歴史的事実をどのように捉えているのでしょうか。
 カルピオ判事は、中国がこれまでに提示した次の5点について次々と反駁します。

1):パラセル諸島(西沙諸島)およびスプラトリー諸島(南沙諸島)における中国によるいわゆる主権を示す石碑
(2):中国とフィリピンの過去の地図
(3):中華民国時代の中国憲法
(4):中国による世界に対する公式の宣言
(5):スカボロー礁に対する中国とフィリピンのそれぞれの歴史的主張の真実性

 第1に、
 中国は、「九段線」(中国が南シナ海の領有を主張するために引いている海上の境界線)内の島や環礁に関して、常に豊富に歴史的な証拠を有していると言うのですが、例えば、中国の資料を徹底的に調査したフランス人研究者フランソワ・イグザヴィエ・ボネが本年3月のマニラでの学術会議において、そのような証拠が中国によって捏造されていることを指摘していることを、カルピオ判事は紹介します。

(Francois-Xavier Bonnet, ARCHEOLOGY AND PATRIOTISM: LONG TERM CHINESE STRATEGIES IN THE SOUTH CHINA SEA, Paper presented at the Southeast Asia Sea Conference, Ateneo Law Center, Makati City, Mach 27, 2015)

 例えば、パラセル諸島に関する中国側の多くの資料は、1902年に行われた中国による最初の調査に言及していますが、そもそもそのような調査が本当に行われた証拠がないと言うのです。
 それどころか、中国の別の資料によれば、そのような調査は行われたことがないことが明らかであると言うのです。

 スプラトリー諸島に関しても、同様の方法がとられ、1946年に行われたとされる主権を示す石碑の設置は、その年には行われておらず、実際には1956年に行われているのです。


●「海南省」と記されている島が海南島。スカボロー礁はフィリピンのEEZ内に位置する(出所:Wikipedia)

 第2に、 カルピオ判事は、1136年から1912年に至るまでの中国の公式・非公式の地図を取り上げ、そのいずれもが海南島を中国の最南端としていることを明らかにします。

 一方で、1636年から1933年にかけてのフィリピンの公式・非公式の地図には、スカボロー礁が示されていることを明らかにします。
 スカボロー礁は、1734年の "Murillo Velarde" の地図に記載されており、当時は "Panacot" と呼ばれていました。
 1792年にマドリッドで出版された航海図では、すでに現在の名称である "Bajo Masinloc o Scarborough" と記されています。

 第3に、
 カルピオ判事は中華民国時代の憲法がどのように国土を規定しているか明らかにします。
 1912年、1914年、1924年、1937年、1946年のいずれの憲法においても、中華民国が清朝の領土を引き継いだことが明確であり、その最南端はやはり海南島であるということをカルピオ判事は指摘します。

 1932年9月になってようやく、中国はパラセル諸島が中国の領土であることをフランスに対して主張する公文書を残しています。
 この頃から中国の地図では、ようやくパラセル諸島を西沙諸島として中国の一部であるように記し始めます。
 もっとも、1937年および1946年憲法のいずれも、それ以前の憲法と同様に、その国土が過去の帝国時代と同じであるとしていることに変わりありませんでした。

■自家撞着に陥る中国による歴史的事実

 第4に、
 中国政府が世界に喧伝している歴史的事実が矛盾に満ちていることです。

 例えば、マニラの中国大使館のウェブサイトには、中国がスカボロー礁(中国名:黄岩島)の主権を主張している理由として、元朝時代の中国の天文学者、郭守敬が1279年に訪問し、スカボロー礁に天文台を設置したことが記載されています。

 ところが、1980年1月に中国外務省が作成した「西沙諸島と中沙諸島に対する中国の主権は争う余地がない」という文書では、郭守敬が訪問したのは、パラセル諸島(西沙諸島)の島であって、そこで天文台を建設したことになっていると言うのです。
 この文書と同じ内容が、1980年2月18日に発行された「北京週報」に掲載されています。

 歴史上、郭守敬は27の天文台を建設したとされており、その内26が中国大陸、残りの1つが南海であったとされています。
 ですから、1980年に中国外務省が「西沙諸島」に郭守敬が天文台を建設したとしているのならば、21世紀に入って突然、郭守敬が西沙諸島には属さないスカボロー礁で天文台を建てたと中国大使館が指摘するのは、唐突な歴史的事実の変更であり、自家撞着なのです。
 これを歴史の改竄と言わずしてなんと言うのでしょうか。

そもそも、スカボロー礁は、満潮時に1.2メートルほどの高さで、せいぜい10人が登るのが限度の小さな地形でしかなかったのですから、巨大な天文台を建設することは物理的に不可能だったと推定されます。

 カルピオ判事は、中国河南省に現存する郭守敬の建てたとされる「観星台」と呼ばれる、12.62メートルもある中国最古の天文台の写真と、1995年以前のスカボロー礁の写真を重ね併せて、こうした中国が喧伝する歴史的事実の虚しさを指摘するのです。

 第5に、
 カルピオ判事は、スカボロー礁がフィリピンの歴史的事実に照らしてフィリピンに所属していることを明らかにします。

 もともと、米西戦争の結果、締結されたパリ条約では、スカボロー礁はスペインから米国に移譲された領土には確かに含まれていませんでした。
 しかし、その2年後の1900年のワシントン条約において、スペインは米国に対して、パリ条約の際に基線の外側にあったフィリピン列島に属する全ての島を移譲したことが明確にされています。

 この結果、このワシントン条約をもって、スカボロー礁も移譲されたことが明らかであるというのが、フィリピンの主張なのです。
 この点は、その後の米国政府内部の文書においても明らかにされていることを、カルピオ判事は強調します。

(つづく)

(本稿は筆者個人の見解です)



JB Press 2015.6.30(火) 松本 太
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44151

日本は南シナ海から目を背けてはならない
フィリピンからのメッセージ(その4)

 マニラからの報告を続けます(参照:「その1:フィリピン最高裁判事が中国の主張を一刀両断に」「その2:南シナ海の埋め立て、合法と非合法の分かれ目は?」「その3:中国が改竄する南シナ海の歴史的事実」)。

 今回マニラを訪れたのは、「海洋公共財に関する共通の行動に向けて」(Towards Common Actions on Maritime Commons)と題して地域の専門家を集めたワークショップ(6月15日開催)を、世界平和研究所、フィリピン外務省の外交研究所、フィリピン大学の海洋問題・海洋法研究所の3者共催で開催することが目的でした。

■日本の南シナ海問題への関与を批判する中国

 実は、マニラに着いて最初に飛び込んできたニュースは、6月12日に中国外務省の洪磊報道官が日本の南シナ海問題への関与を痛烈に批判したことです。
 最初にその全文を翻訳してみましょう。
 なにしろ、フィリピンの人々から聞いた話と正反対の内容に満ちているからです。

 「中国は、日本側のネガティブな動きに関して、深刻に懸念しており、怒りを覚えている。
 我々は日本側に対して何度も厳粛に抗議を行った。
 私は、中国が南沙諸島とその周辺海域に対して疑うことのない主権を有していることを強調する。
 中国の南沙諸島におけるいくつかの海洋環礁における建設工事は、中国の主権の範囲内で行っているものである。
 それは合法的で、正当化され、合理的なものだ。
 いかなる他国に対して向けられているものでもない。
 したがって、非難には一切値しない。

 日本は南シナ海問題の当事者でない。
 最近、日本は異常な行動を行っている。
 南シナ海問題に意図的に手を突っ込み、地域諸国の関係にヒビを入れ、南シナ海に悪意をもって緊張をつくっている。
 日本の動きは、南シナ海問題の解決や南シナ海の平和と安定を維持する上で、何ら良いことではない。
 それは日中間の政治・安全保障面における相互信頼を深刻に傷つけ、両国関係改善のモメンタムに反している。
 我々は、日本側に対して、南シナ海問題に関して立場を取らないという約束を守り、南シナ海問題を誇張することを止め、利己的な利益のために異なる当事者間の紛争を惹起せず、日中関係改善のモメンタムを純粋に維持し、中国とASEAN諸国が南シナ海の平和と安定を維持しようという努力を尊重することを、改めて呼びかける」

 しかしながら、マニラでの会議では、このような中国の声明を真っ向から否定する地域の専門家の意見と議論が噴出しました。
 何しろ、アントニオ・カルピオ判事(フィリピンの最高裁判所判事で南シナ海問題についての権威)の基調講演が示しているように、
 「中国こそが、南シナ海で国際法に照らして不法な行為により緊張をつくり出し、紛争を惹起し、国際的な秩序を乱している」
ということが議論のスタートポイントだったのですから。

 それに中国が言う、南シナ海問題は中国とASEAN、中国と主権主張を行っている当事国のみで解決するという「双軌思考」(デュアル・トラック・アプローチ)を、誰も共有しておらず、むしろ、公海自由の原則をふみにじっている中国に対抗するためには、米国や日本のみならず、世界の全ての国々が関与すべきであるという意見が支配的でした。
 すなわち、世界の国々が南シナ海問題の当事者だという、ごく常識的な認識です。

■どうすれば中国の行動を止められるのか

 カルピオ判事の講演の後で行った議論の後半になって、中国問題に詳しい1人のフィリピン人知識人から核心的な質問が出ました。
 「果たしてどうすれば中国を止めることができるのか」
という問いです。
 一通りの議論を行った後でも、率直に言ってこの質問に応えることは誰にとっても難問でした。

 何しろ、米国による中国の埋め立て停止要請にすら中国は応じることはなく、今後とも軍事施設などの建設を行うとしているのですから。

 フィリピンの元軍人は、あえてこの質問に答えず、
 「例えば、南シナ海の7つの環礁が軍事基地化され、そ
 こに中国によって核弾頭搭載型原子力潜水艦(SSBM)が寄港することになれば、地域諸国の劇的な反応を招くことになり、連鎖反応が続くだろう。
 そのような事態が目前に迫っており、真に懸念されるべき現実だ」
と指摘しました。

 もう1人のベトナムからの専門家は、
 「中国にとってコストがますます高くなるように経済面での行動や、中国の評判を落とすことになる動きを地域諸国が一緒になってとっていくしかない」
と簡潔に指摘しました。

 フィリピンの政治家からは、
 「反中国デモや、ソーシャルメディアを通じた抗議、中国製品のボイコットといった戦術は、中国の評判を落とす効果につながるので、有益である」
ことも指摘されました。

 会議に参加したフィリピンの人々からは、やはり米比防衛協力強化協定(EDCA)に基づく米国との防衛協力や、日本との間の安全保障分野での一層の協力への期待が改めて強く聞かれました。
 また、かつて東南アジアにあった集団的安全保障機構であるSEATO(東南アジア条約機構)モデルを再検討すべきタイミングに差し掛かっているとの率直な意見すら聞かれました。

 これに対して、日本の専門家からは、この4月に策定された日米新ガイドラインによれば、日米同盟関係に基づいて、南シナ海においても日米同盟が強力に展開されていくことになるだろうとの見通しを伝えました。
 また、日本の自衛隊とフィリピン軍の共同演習や交流も今後一層拡がりを見せることになることも指摘されました。

 また、筆者からは、今後は、日本列島から、台湾、バシー海峡、ルソン島、ボルネオ島へとつながるアーキペラジックな地域防衛コンセプトがますます戦略的に重要になることを強調し、地域諸国の緊密な協力を訴えました。

 筆者が所属する世界平和研究所が、この1月末に提案した協調的安全保障モデルに基づく「アジア海洋安全保障協力構想」(AMOSC)について、会議の冒頭からカルピオ判事からの支持に続いて、賛同の声が次々に湧いたのには驚かされました。
 ここマニラには、日米同盟を有する日本以上に、一刻も早くこうした地域の安全保障を強固にする制度化を進めるべきだという気持ちが強くあるのです。

 法的側面についても、カルピオ判事よりは、当事者であるフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾が、国連海洋法条約に従って、スプラトリー諸島における地形から排他的経済水域の権原が生じないことを相互に明確化することや、フィリピンやマレーシアが協力して重なるEEZを限定する努力をすべきこと等が提言されました。

 今回の会議では、地域の専門家たちが一致する認識をごく簡単にプレスリリースとしてまとめてみました。
 アジア地域の人々の声がいかなるものであるかを、ささやかに示しています。

■中国人のマインドセットを変えよ

 カルピオ判事は最後に実に重い言葉を残しました。

 すなわち、中国が国際法を国家として十全に受け入れないのならば
 「中国人すべてが国際法を理解するように私たちは努力せねばならない」
と言うのです。
 「国民のマインドセットを変化させ、国のマインドセットを変化させるのです」
と、こともなげに言うのです。

 確かに日本の一部の有識者は、そのような地道な取り組みを行ってきました。
 しかし、そのような取り組みはいまだ十全なものではないし、そのようなことが果たして可能だろうかという疑問も大きいかと思います。

 しかし、本当にリベラルな国際秩序を私たちが心底から信じており、それを守りたいのであれば、いかなる困難があろうと、相手のハートとマインドを掴みとるための地道な努力を行う必要があるのでしょう。
 もっとも、それは並大抵のことではないでしょう。

 逆に、それに抵抗することも大変なことかもしれません。
 例えば、中国が現在国内で行っている西欧的価値を否定する動きが、それほどうまくいっているようにも思えないからです。
 そもそも国連海洋法条約を含めて国際法は、中国も共有する大切な規範なのですから、これを中国の全ての人々が正確に理解し、共有することは中国にとっても重要なことなのです。

 ひょっとするとリベラルな国際秩序の感覚とその教えこそが、中長期的には中国の不法な行動を止める大きなブレーキとなりうるかもしれません。
 私たちは、100年かけようと、中国の良識ある人々たちと一緒になって、その可能性にかける必要があることは間違いないでしょう。

■コレヒドール島の歴史が教える南シナ海の未来

 今回のマニラ訪問では、アジアの秩序をめぐる歴史についていろいろ考えさせられました。
 会議前日の休みを利用して、第2次世界大戦中の日米がぶつかった激戦地であるコレヒドール島を訪ねることができたからです。
 今ではマニラから観光船に乗って1時間半ほどでコレヒドール島に到着します。

 1942年5月にフィリピンを攻略した日本軍は、米国の司令部が置かれていたコレヒドール島に総攻撃をかけます。
 あのダグラス・マッカーサー将軍がまさにこのコレヒドール島の駐フィリピン米軍最高指揮官であったことは有名な話です。
 しかし、日本軍の侵攻を前に、マッカーサーはコレヒドール島を去り、オーストラリアに逃げたのです。
 同年5月6日に米軍は、本間雅晴中将率いる日本軍の猛攻に降参します。

 1945年2月になって、米軍を率いるマッカーサーは、日本本土に向かう前に、フィリピンのコレヒドール島の奪回を目指します。
 そのため、2000名の空挺団を降下させ、島を奪回するのです。
 マッカーサーは3年前の屈辱を晴らすかのように3000トンの爆薬を投下したと言います。

 おたまじゃくしの形をしたコレヒドール島の中部にあるマリンタ・トンネルに閉じ込められた日本軍の兵士たちは、投降を拒み自ら絶命します。
 4500人の日本軍守備隊がほぼ全滅し、わずか19名のみが生き残りました。
 その大多数は学徒出陣の若い兵士たちでした。
 最も若い墓碑名には17歳の青年の名前が残されていました。

 実は、マリンタ・トンネルは、フィリピン共和国の前身となるフィリピン・コモンウェルスの初代大統領であったマニュエル・ケソンが1941年12月30日に、2期目の大統領に就任した場所でもあります。
 このコレヒドール島には、当時のフィリピン政府の本部が置かれていたのです。
 このことは、まさに日米の戦いの中から、戦後のフィリピン共和国が生まれたことを想起させてくれます。

 コレヒドール島のスペイン灯台は、かつて南シナ海を照らしました。
 いままた南シナ海において波が荒立ち始めています。
 日本と米国は、フィリピンの地でも戦争の悲惨さを嫌というほど味わいました。
 私たちの祖父や父たちが経験したコレヒドール島での戦いの本当の意味を、果たして南シナ海に意気盛んに進出しようとしている中国はどれほど理解しているのでしょうか。
 私たちは二度とかつてのような戦争をしてはならないのです。

 フィリピンは、スペイン、そして米国の支配、そして日本の占領を受けてようやく1946年に独立を果たしました。
 カルピオ判事は、中国人に会うたびに次のような問いを投げかけていると語ってくれました。

 「中国は自らだけが歴史の被害者であるかのように主張するが、フィリピンもスペイン、アメリカの植民地主義の辛酸をなめてきた。
 その被害者であるフィリピンの島や環礁を中国はなぜ侵略しようとするのだろうか」

 私たちも、このようなフィリピンからのメッセージを真摯に受け止めねばなりません。
 戦前とは異なる意味で、この問題から目を背けたり、委縮したりしてはならないでしょう。
 戦後私たち皆が営々と構築してきた法と秩序の双方が、南シナ海の行方にかかっているのですから。

(本稿は筆者個人の見解です)





中国の盛流と陰り



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