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JB Press 2015.6.16(火) 金 祉希
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44037
ソウルを中心に、日に日に感染が拡大
(本記事は、6月11日までの情報に基づいて執筆されたものです)
韓国出身の日本科学未来館・科学コミュニケーター、金 祉希(キム・ジーヒー)です。
中東呼吸器症候群(以下、MERS:マーズ)が韓国に上陸。
そして、感染が日に日に拡大しており、死者も出ているというニュースが連日大きく報道されています。
こちらは、6月11日までの韓国でのMERSの感染者数の推移を表したものです。
感染者数が日に日に増えていっていることが一目で分かると思います。
●MERS感染者数推移
早速、私は、韓国にいる友人の2人に連絡をしてみました。
2人の反応は意外と冷静沈着なものでした。
2人ともマスクはしていないそうです。
1人の住まいは感染者の出ていない都市なのですが、もう1人はソウル近郊の在住(日本でいうと、東京と神奈川くらいのイメージです)。
それでも、マスクをしていないのかと驚きましたが、ちょっと咳をしたりすると、まわりの人がハッとしたように見る様子ではあるようです。
マスクしなくて、大丈夫なのか??!!
と外にいる人間としては、すごく心配になります。
ということで、今日は、以下の点について、書きたいと思います。
・MERSとは、何?
・なぜ、今、韓国で流行しているの?
・韓国政府の対応は?
・日本にくることはないのか?
■MERSとは、何?
MERSは、2012年にサウジアラビアで初めて検出されたウイルス性の感染症です。
原因となるウイルスは、Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus (MERSコロナウイルス)と呼ばれるものです。
2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS:サーズ)の原因となった病原体もコロナウイルスの仲間ですが、SARSとMERSは異なる病気で、ウイルスも仲間とは言え、違う種類のものです。
出典:Wikipedia commons
MERSコロナウイルスに感染してしまうと、発熱、咳、息切れ、下痢などの症状があらわれます。
特に高齢の方や糖尿病、慢性肺疾患、免疫不全などの疾患のある人では重症化する傾向があります。
今回の韓国での流行が始まる前までは、死にいたる確率は約40%と高率でしたが、現在の韓国では感染者122人で、亡くなった方は9人と1割を切っています(6月11日発表)。
最初は高率だった死亡率がだんだん下がるのは、新しい感染症が登場したときには、よく見られる現象です。
最初は重症化した患者さんだけが病院で治療を受けるので、死亡率も高くなります。
しかし、その感染症の存在そのものが知れわたると、症状の軽い人も病院に行って診断を受けたりします。
もともと症状が軽いわけですから、快復する可能性も高く、死亡率は下がっていくわけです(実際には、感染しても症状がごく軽いために病院に行かない人や症状もまったく出ない人もいるはずです。
また、ウイルス自体が変異して、激しい症状を引き起こさなくなる可能性ももちろんあります)。
このように、死亡率は下がっていますが、MERSに対するワクチンや確立した治療法は現在はありません。
中東地域に居住または渡航歴のある人、またはMERS患者との接触歴のある人において症例が継続的に報告されていますが、人がどのようにMERSに感染するのかも、まだはっきり分かっていません。
中東のヒトコブラクダからMERS患者と同じウイルスが分離されていることから、ヒトコブラクダがMERSウイルスの感染源動物の1つであるとされています。
■なぜ、今、韓国で流行しているの?
この流行は、たった1人の68歳の男性から始まりました。
この男性は、4月18日から5月3までに、バーレーン → アラブ首長国連邦 → バーレーン → サウジアラビア → バーレーン → カタールと中東各国を訪問しました。5月4日に帰国し、その6日後に発症しました。
4カ所の病院をまわりましたが、症状が治まらず、4つ目の病院でMERSの検査を行った結果、陽性だったため、隔離されました。
発症してから隔離されるまで10日間かかっています。
その間に、看護していた妻、同じ病室の患者、医療関係者、同じ階の別室にいた患者に次々に感染が広がってしまい、そして、2次感染者が別の病院に転院し、転院先でまた医療関係者などの3次感染者を出しました。
こうして病院を中心にMERSがどんどん拡大し始め、現時点で韓国国内感染者数は、100人を超えています。
●感染ルート
しかし、MERSコロナウイルスは、空気感染はせず、飛沫感染するとされていて、その感染力は、低いとされてきました。
専門家によると今回の感染拡大のスピードは、異常とも言えるそうです。
では、なぜ、今回は感染者が急速に増加してしまったのでしょうか?
その原因として、以下の可能性が指摘されています。
(1)韓国国内でウイルスが変異した??
(2)最初の感染者が多くのウイルスを持っていた??
(3)密閉した病室内でウイルスが循環した??
■(1)ウイルスが変異した可能性
ウイルスが変異した可能性を検証するために、韓国ウイルス学会、アメリカ疾病管理予防センター、オランダ医科学研究センターなどの国内外の研究機関が協力して、患者から採取したウイルスの遺伝子配列を調査しました。
その結果、今回の韓国のウイルスは、2012年に採取し、保管していたMERSウイルスとは99.55%、最近のサウジアラビアのMERSウイルスとは99.82%一致していました。
この数字からすると、ウイルス変異の可能性は否定されたと考えてよいでしょう。
■(2)最初の感染者が多くのウイルスを持っていた可能性
科学誌「Science」に載った記事では、サウジアラビアでの過去の例を挙げ、今回の韓国の最初の患者は、症状が重い時期にも隔離措置がとられなかったことが原因ではないかと推測しています。
サウジアラビアの患者の研究では、症状が重くて集中治療室に入っている患者と集中治療室ではないMERS患者の呼気を比較しました。
症状の重い集中治療が必要な患者の方が、呼気に含まれるウイルスの量が多かったのです。
今回の韓国の最初の感染者は、診断されるまでに時間がかかり、症状が重くなるまで、つまり呼気にウイルスが多いときにも隔離されていなかったことが、感染が広まった原因ではないかと指摘しています。
しかし、その証拠を見つけることは難しく、まだはっきりと分かりません。
(Scienceの記事はこちら)
■(3)密閉した病室内でのウイルスが循環した可能性
最初の感染者がいた病室は、換気口やエアコンが作動してなく、密室に近い状態になっていました。
そして、唾液が飛ぶとは考えにくい高さにある病室のエアコンフィルターからウイルスが発見されています。
これらのことから密閉空間でウイルスが循環し、それが感染を広げた可能性が指摘されています。
しかし、こちらの可能性も証拠が不足しており、今のところ結論を下すことはできません。
■韓国政府の対応は?
初期対応が不十分であったと朴槿恵大統領も認めたように、韓国の保健当局はMERSの感染力は低いとして、迅速な対応を怠ってしまいました。
これが感染拡大を招いてしまった最大の原因だということは、言うまでもありません。
なぜ、迅速な対応がしなかったのか?
その理由の1つに、韓国では、MERSが「法定感染症」で指定されていなかったということが挙げられると思います。
「法定感染症」とは、国が責任を持って対策・管理が行うという指定のされた感染症ですが、MERSは、この法律で定められた感染症リストに入っていなかったのです。
日本でも同じような法律「感染症法」というものがあります。
MERSに関しては、日本においても今年の1月に指定されたばかりなのです(制定は昨年11月、施行が1月)。
MERSは2012年に初めて診断された感染症で、新しいウイルスなので、その危険性について認知度がまだまだ低かったかもしれません。
韓国政府は、今回のMERSは、病院を中心に感染が拡大したことから、6月7日に感染者が発生または経由したすべての医療機関24カ所の名称と患者が滞在した期間を公表しました。
そして、公表された医療機関にその期間に訪れた人に対して、症状が出ても、医療機関を訪問せず、自宅で待機し、自治体のコールセンターやインターネットで申告するように要請しています。
申告した人については医療スタッフが自宅に訪問し、健康状態を確認、病院訪問履歴の確認などの問診を実施し、症状が疑われた場合には臨時隔離病院へ移送し、検査を実施します。
症状がない場合でも、病院を訪問した日から14日間は自宅で隔離措置を行います。
というのも、MERSの症状は感染してから2日から14日の間にあらわれ、症状があらわれる前には、感染力はないと言われているからです。
さらには、自宅待機を要請された感染者や感染の疑いのある人が旅行に出かけたり、ゴルフに行ったりする例が相次いで発覚したことから、韓国政府は、電話に2回以上出なかった場合に限り、携帯電話の全地球測位システム(GPS)を通じて追跡を行っています。
そして、今、韓国の市民の間では「MERS拡散MAP」というものが注目を浴びています。
ニュースサイトでもよく取り上げられています。
政府の医療機関の名称公表とは別に、独自でMERS拡散MAPを作成し、情報を日々更新するウェブサイトを立ち上げた人がいます。
こちらは、6月11日00時時点でのMERS拡散MAPです。
●出典:MERS MAP
主に首都圏を中心に広まっていることが分かります。
赤点は、感染者が出た地域、緑は、感染・発病しながらも完治した人がいる地域、グレーは、1次検査で陽性だったものの陰性と分かった人がいる地域です。
このMAPは、政府が公表した情報に加えて、全国の国民の情報から日々更新されていました(11日に更新終了となりました)。
どういうことかと言うと、このウェブサイトはいつでも誰でも書き込みができるようになっていたのです。
たとえば、
「いつ、どこの病院にMERS感染者が発生した」とか、
「いつ、どこの病院に移送された」とか、
「いつ、どこの病院で検査した結果、陰性もしく陽性だった」
とかの情報が書き込めたのです。
もちろん、うその証言やデマが心配ですよね。
その防止策として、書き込んだ人は、必ずメールアドレスと自分のfacebookのIDを入力し、書き込んだ人を追跡できるようにしているそうです。
1つの書き込みに対して何人ものの証言を集める機能も付いていて、5回以上うそであると告発されたものに関しては削除します。
現在の韓国ではネットなどでデマを流した場合には罰せられることもあり、これもデマなどの一定の抑止力にはなっています。
このサイトは、6月3日に開設され、2日間で2回にわたりサーバーを増設し、これまでに500万人にのぼる人がアクセスしているそうです。
韓国の人口は約5000万人ですから、いかに多いかが分かります。
このMAPは、韓国の全国から寄せられる書き込みか成り立っているので、信憑性には懸念があります。
投稿者にそのつもりはなくても、デマの拡散器になりかねない危険性があります。
名指しされた病院では、大混乱が起きているかもしれません。
しかし、多くの市民が国からの公式発表だけでは安心できずに、このサイトにアクセスをしていることも事実です。
もし、感染症が全国に拡大していて、不安な日々を送っているとしたら、みなさんはどうしますか?
情報の共有が、みんなの安心につながるかも知れません。
みなさんはどのようにお考えでしょうか?
■日本にくることはないのか?
日本海が間にあるとはいえ、お隣の国で流行している感染症に不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
日本にMERSが入ってこないためには、やはり空港などの水際対策が大事ですね。
厚生労働省は、韓国での感染拡大を受け、検疫など水際対策を強化しています。
韓国に滞在した人に対して、38度以上の発熱や咳などの症状がある場合、空港で検査を行います。
症状がない場合は帰国してから2週間にわたって健康状態の報告が求められています。
WHOからのアドバイスでは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全の人は、MERSコロナウイルス感染で重篤化するリスクが高く、農場、家畜小屋のある地域を訪れる場合に動物に近づかないこと、特にラクダとの濃厚接触することを避けることを挙げています。
そして、何より大事なのは、熱や咳が出るのはMERSだけではないということです。
みなさん、日頃からバランスの良い食べ物と十分な睡眠をとって、さまざまな感染症に備えることが大事!!だと、私は思います。
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ウオールストリートジャーナル 2015 年 6 月 19 日 14:11 JST
By JEYUP S. KWAAK 原文(英語)
http://jp.wsj.com/articles/SB12208919310003153678304581056971707091428?mod=WSJJP_hpp_LEFTTopStoriesFirst
韓国のMERS拡大、判断ミス悔やむサムスン病院
●韓国におけるMERS感染経路
【ソウル】重い肺炎などを引き起こす「中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス」の感染拡大に、韓国の名高い総合病院「サムスンソウル病院」の判断ミスが一役買っていた。
ここは同国で最も裕福なサムスングループの李健熙(イ・ゴンヒ)会長が治療を受けている病院だ。
韓国は国を挙げてMERSコロナウイルスの感染拡大を防ごうと躍起になっているが、その中心にサムスンソウル病院の存在がある。
同院では、ウイルスに感染したものの診断が遅れていた男性が緊急治療室で2日間を過ごした。
関係者によると、この男性が隔離されるまでに、院内で少なくとも80人が感染したという。
世界保健機関(WHO)のケイジ・フクダ事務局長補は17日、
「この期間に、この患者が何度も咳をしながら緊急治療室内を移動したのは明らかだ」
と述べた。
ベッド数1900床を擁するサムスンソウル病院はMERS患者への治療は継続しているが、一般外来では大半の診療活動をストップした。
関係者によると、李氏を別の場所に移動させる計画はないという。
同氏は昨年に心臓発作を起こして以来、病院の最上階付近にあるVIP向け病室で治療を受けている。
サムスンソウル病院の医師らは5月、男性患者が中東から帰ってきたと話したのを受け、この男性を韓国で初のMERS患者と診断した。こ
の男性は隔離されたが、それ以前には地方の病院で別の男性と同じ病室に入っていた。
そして、この同室した男性がサムスンソウル病院の緊急治療室でウイルスをまき散らしてしまったのだ。
医師らによると、韓国では診断を受けるために病院を転々とし、最終的には信頼性の高いソウルの総合病院に行く患者が多い。
WHOは、こうした「ドクター・ショッピング」と呼ばれる慣習がMERS感染拡大につながった要因の一つだと指摘した。
サムスンソウル病院は、最初の患者がMERSに感染していると診断された時点でウイルスを封じ込めなかったことを後悔している。
この患者も病院を転々とし、4人の医者から診察を受けていた。
サムスンソウル病院は14日、緊急治療室に入った患者が感染リスクを持っていると見抜けなかったことについて謝罪した。
同院はかつて、緊急時に米大統領を治療できる病院としてホワイトハウスから指定を受けていた。
韓国の保険当局は新たなMERS患者の発生ペースが鈍化しているとみている。
ただ、最近でも数人の患者が陽性反応を示しており、彼らの多くがサムスンソウル病院と関係があった。
ソウルの病院ではベッド数が不足しており、緊急治療室は埋まっていることが多い。緊急治療室に入るために数日間待たされる患者もいる。
医師らによると、韓国には地元の医者からの紹介状を必要とする法律があるが、この目的は総合病院の混雑を避けることだ。
だが、今では患者の多くが緊急治療室に直接向かっているという。
MERSと診断された患者の多くは、サムスンソウル病院の緊急治療室で何らかの処置を受けた家族や友人を訪ねた際にウイルスに感染した。
ここで感染した人々はMERSと診断されるまでに国内のさまざまな場所に移動していた。
公表された最新データによると、サムスンソウル病院は2013年に1日当たり7500人近くの患者を受け入れた。
また、同院は13年に100億ウォン(約11億円)を投じて緊急治療室を改築し、さまざまな病気の患者を個別に治療できる体制を整えた。
同年には1日当たり188人の患者を緊急治療室に受け入れたという。
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JB Press 2015.6.19(金) 玉置 直司
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44083
2つの難題に苦悩深めるサムスン
MERS感染者増加、攻勢強めるヘッジファンド
韓国最大の財閥、サムスングループの苦悩が続いている。
サムスンソウル病院で 中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)の感染者が続出している。
たたでさえ頭が痛いのにサムスン物産と第一毛織の合併に反対するヘッジファンドによる攻勢も強まり、苦悩の6月になっている。
(2015年6月11日付「MERSとヘッジファンドの直撃受けるサムスン」参照
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43996)
「今週末が流行のヤマです」「流行は終息の兆しが出ています」――。
ここ数週間、韓国のニュースはこう報じ続けるが、MERSはなかなか終息の兆しが見えてこない。
ソウルで暮らして、「感染の危険」を感じることはない。
会社では日常業務が普通に進んでいる。
会食の約束などもまったく変わらない。
筆者の周辺にも「感染者」が出たという話を聞いたことはない。
■中国人観光客激減で静かなソウル観光スポット
ただ、大きな変化も目に付く。
ソウルの中心部、明洞(ミョンドン)から中国人観光客が見事に消えてしまった。
日中は歩くのにも不自由するほど大勢の中国人団体観光客が押し寄せ、道路には観光バスがあふれていた。
それが、ぱたりとなくなった。
MERSで観光旅行のキャンセルが続出しているからだ。
多くの出張者は予定通り韓国に来ているが、一部で出張キャンセルも増えている。
地下鉄では、これまでほとんど見かけなかったマスクをする乗客が目に付く。
百貨店、飲食店はどこに行っても空(す)いている。
末の高速道路は、本当に渋滞がなくなった。
できるかぎり人ごみの多い場所への外出は控えようという雰囲気があるからだ。
筆者は、17日に、ソウル中心部から漢江(ハンガン)を渡った江南(カンナム)に夕食の約束のためにタクシーで向かった。
ふだんなら45分ほどかかるが、15分で到着した。
運転手さんは
「2014年のセウォル号事故の際も自粛ムードが広がって夕方の乗客が激減したが、今回はそれ以上だ。
外国人観光客の激減が追い討ちをかけている」
と嘆く。
免税店はもちろん、デパート、大型スーパー、商店などの売り上げは6月に入って大幅に落ち込んでいる。
消費に大きな影響が出るのは必至で、韓国の2015年の国内総生産(GDP)成長率が2%台に落ち込むという悲観論が広がっている。
■MERS感染者の半分がサムスンソウル病院から
2015年6月18日午前9時現在、韓国のMERS感染者は165人、死亡者は23人となった。
毎日この数字は増えて続けている。
全体の感染者の半分近くの80人以上がサムスンソウル病院で出てしまった。
1人の患者が救急室に来て、一気に大勢の患者、医師など病院関係者に感染してしまった。
韓国で最高水準の医師、設備、医療システムを誇ってきたサムスンソウル病院が、今回のMERSの最大の拡散拠点になってしまったのだ。
サムスンソウル病院は当初、政府の対応のミスが今回の拡散の原因だと批判していた。
政府の実情把握、情報公開が遅れたため、サムスンソウル病院の救急室に来た患者がMERS感染者とは知らず、結果的に感染者を増やしてしまったという説明だった。
もちろん、すべてがサムスンソウル病院のせいとは言えない。
最初の患者がMERS感染者が多く発生した病院から転院してきたことが分かっていれば、別の対応ができた可能性はある。
2013年にサムスンソウル病院に来た外来患者はなんと190万人だった。
これだけの巨大病院だから、感染者が多く出てしまうのもやむを得ない面もある。
それでも、最初の感染者が出た後、感染可能性がある患者や関係者の把握が後手に回り、多くの感染者を出したことは間違いない。
サムスンソウル病院もあとになって謝罪をした。
しかし、病院は部分休診に追い込まれた。
さらに、政府対策本部がサムスンソウル病院に専門家を常駐させ、「管理」する事態になってしまった。
朴槿恵(パク・クネ)大統領は6月17日、サムスンソウル病院長に会い、
「MERSの拡散が落ち着くには患者の半分が出たサムスンソウル病院がどう安定するかにかかっている。
サムスンソウル病院が感染に関する内容をきれいに全部公開しなければならない」
などと述べた。
これに対して病院長は平身低頭して、
「大統領と国民の皆様にご心配をおかけして、誠に申し訳ない。
保険当局と協力して最大の努力をし、1日でも早く事態が収束するように最善を尽くす」
と話した。
大統領が病院長を呼んで直々にこんなことを言うのは、まさに緊急事態だからだ。
「韓国最高の医療機関」には大きなイメージダウンになってしまった。
■「顔を上げられないほど恥ずかしい」・・・グループにも衝撃
「顔を上げられないほど恥ずかしい・・・」。
2015年6月17日、サムスングループで開かれたグループ社長団会議でも、この話題が出た。
会議出席者が韓国メディアにこう話した。
サムスングループは、サムスンソウル病院での事態収拾を全面的に支援する。
その後、国民に対して謝罪するとともに、サムスンソウル病院に対する厳しい調査を実施すると見られる。
サムスングループにとっては、なんとも真の悪い時期のMERS流行だった。
というのも、グループ総帥の後継者に就任すると見られる李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)サムスン電子副会長が5月15日に、サムスンソウル病院を運営するサムスン生命公益財団の理事長に就任したばかりだからだ。
サムスンソウル病院に1年以上入院中の李健熙(イ・ゴンヒ=1942年生)氏に代わって就任したが、こうした財団の理事長に就任したことは、「後継作業」の一環だった。その直後の事態なのだ。
「‘李在鎔のサムスン’、国民保険に寄与する道を探さなければならない時」。
6月18日付の「朝鮮日報」はこんなタイトルの社説を掲載した。
「今回の事態は、李在鎔副会長が李健熙会長の後を受けてサムスン生命公益財団の理事長の座を継承し、事実上グループ総帥として登場した直後に起きた。
多くの国民は李副会長がどんな後続処置を取るかを注目している」と述べている。
■サムスン物産株を友好株主に売却したが・・・
MERS騒動と並んでもう1つ、サムスングループを悩ませているのは、米国ヘッジファンドによるサムスン物産と第一毛織の合併反対だ。
米ヘッジファンドのエリオット・マネジメントは6月4日に、サムスン物産の株式を7.12%保有していると公示した。
サムスン物産は5月26日に、サムスングループの事実上の持ち株会社とも言える第一毛織と9月1日に合併すると発表したばかり。
サムスン物産と第一毛織との合併比率は1対0.35だ。
エリオットは、サムスン物産の価値を低く見積もっていると主張し、合併比率が不満だとして合併に反対することを明らかにした。
サムスン物産株を保有するサムスングループ企業と関係者は、サムスンSDI7.39%、サムスン火災海上7.9%、サムスン物産(自社株)5.76%、李健熙会長1.41%など合わせて20%弱だ。
筆頭株主は国民年金で9.98%、さらに外国人株主が32%前後(このうちエリオットが7.12%)という構成だった。
サムスン物産が株主総会で合併を議決するには総会出席者の3分の2以上の同意を得る必要がある。
意外と、ハードルは高いのだ。
合併賛成株主確保のために、サムスン物産は自社株をKCCに売却した。
KCCは、現代財閥創業者である鄭周永(チョン・ジュヨン)氏の弟にあたる鄭相永(チョン・サンヨン=1936年生)氏が設立した建築資材企業が母体で、化学、建設など幅広い事業を手がける。
自社株には議決権がないため、サムスン物産は「友好株主」であるKCCに売却したのだ。
KCCがサムスングループの「友好株主」になるのは2回目だ。
2011年、サムスンカードが保有していたサムスンエバーランド(今の第一毛織)の株式17%を7700億ウォン(1円=9ウォン)で買い取った。
サムスングループの「循環出資」を解消するために、KCCが株式を引き受けたのだ。
■熾烈なプロクシーファイト、法廷闘争も
エリオットも黙ってはいない。
サムスングループ企業を含めたサムスン物産株主に、合併に反対するよう説得している。
サムスン物産とエリオットは、7月17日のサムスン物産株主総会に向けて熾烈なプロクシーファイトを繰り広げている。
それだけではない。
エリオットは、さらに、法廷戦術にも出ている。
7月17日のサムスン物産の株主総会で、第一毛織との合併議案を処理できないよう求め、ソウル中央地裁に仮処分を申請したと9日に明らかにした。
また、サムスン物産がKCCに株式を売却したことを差し止める訴訟も起こした。
アナリストの間では、サムスン物産の総会での合併決議の行方に交錯した見方が出ている。
会社側提案通り合併が承認されるという見方が多いが、外国人株主を中心に反対意見も多い。
また、仮に合併が承認されても、エリオットが韓国内外で訴訟を連発し、結局、サムスン分散と第一毛織は合併を断念せざるを得ないとの見方も出ている。
MERSも合併も予断を許さない状態が続いているのだ。
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