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ニューズウイーク 2015年6月26日(金)13時30分 フェリシティ・ケーポン
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/06/post-3730.php
北欧伝統の「クジラ追い込み漁」が始まった
伝統文化を妨害されたフェロー諸島の住民は猛反発
●文化遺産? 父から子に引き継がれてきた伝統でも、「あの団体」が黙っていない Andrija Ilic-REUTERS
北大西洋に浮かぶデンマーク自治領のフェロー諸島に、2隻の反捕鯨活動家の船が急行している。
毎年何百頭というクジラとイルカが殺される「野蛮な」漁を妨害するためだ。
2隻の船はいずれも、過激な活動で知られる「シーシェパード」に所属する。
ドイツのブレーメンを出発して2日がかりでフェロー諸島に到着する予定だ。
「grindadrap」と呼ばれるフェロー諸島のクジラ漁は、夏を通じて行われる。
数百年の伝統を持つ文化遺産でもある。
しかしこの漁の手法は、長い間論争の的になってきた。
クジラやイルカは漁師のボートで湾内に追い込まれ、そこでフックやナイフを使って切り殺される。
地元の漁師は、脊髄を切断するためにクジラやイルカの首を叩き切る。
漁には子供も含め、村をあげて参加する。
クジラの肉と脂身は、住民が珍味として食べる。
しかし近年は、重金属による汚染への懸念が高まり、消費は減少している。
シーシェパードによると、フェロー諸島の今年の漁シーズンはもう始まった。
6月初旬に西部のボーアル島で、1日に154頭のゴンドウクジラが殺されたという報告があった。
漁は通常、クジラやイルカが餌を求めてこの海域にやって来る5月から10月まで続く。
●殺されたクジラの血で湾内の海面が赤く染まっている
Andrija Ilic-REUTERS
「我々の願いは、思いやりが残酷さを打ち負かすこと――。
フェロー諸島の美しい湾や海岸が、高度の知性と感情を持ち、社会性の高い哺乳類の血で赤く染まるのを食い止めることだ」
と、シーシェパードはホームページで説明している。
同グループのイギリス支部長を務めるロバート・リードは、
「鯨肉が必要な程、飢えているフェロー諸島の住民はいない」
と主張する。
「grindadrap」は国家的な名誉あるスポーツだが、世界中で行われている他の多くの漁とは違い、クジラやイルカは逃げることができない。
イルカの群れがいれば、1頭残らず殺してしまう。
特定の遺伝子をもつ一団が全滅する」
しかし多くの地元住民は、このクジラ漁は食べ物の重要な供給源であり、プライドの源泉でもあると反発する。
grindadrapに参加する28歳の若者は昨年、「ナショナルジオグラフィック」の取材に対し、
「我々の生き方を守るのは大切なことだ」
と答えている。
そして
「(反捕鯨活動家の)連中があれをしろ、これをするなと命じること」
に怒りを感じると言った。
シーシェパードのリードによると、2013年には全部で1534頭のゴンドウクジラとイルカが殺され、1日に340頭のタイセイヨウカマイルカが殺された日もあった。
昨年、陸上で漁を妨害して14人の逮捕者を出したシーシェパードは、今年は主に海上で活動することにしている。
クジラやイルカが沖合にいる間に、島に近づかないように誘導する計画だ。
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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年07月31日(Fri)
佐々木正明 (産経新聞社外信部記者)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5223
シー・シェパードVSデンマーク
日本が学ぶべきフェロー諸島の対策
例年、日本の南極海調査捕鯨や和歌山県太地町の追い込み漁に対して過激な妨害を行ってきたシー・シェパード(SS)が今夏、北欧の捕鯨国での活動を活発化させている。
北大西洋に浮かぶデンマークの自治領フェロー諸島では、伝統の追い込み漁を阻止しようと、SSは数十人の活動家を派遣、さらに、2隻の船舶を近隣の海域に展開して、海と陸から妨害行為を続けている。
対して、デンマーク側は、追い込み漁に関する法律を改正し、罰則を強化。警察や海上保安庁だけでなく、海軍の艦船も派遣し、SSの動向を監視している。
パリに逃亡しているSS創設者、ポール・ワトソン容疑者(国際手配)は頻繁に声明を発表して、捕鯨を行うフェロー諸島の住民たちは「野蛮だ」とアピール、支持者らを煽って、デンマークに圧力を加えている。
●デンマーク・フェロー諸島の漁の様子(提供:地元住民)
■シー・シェパードVSデンマーク
7月中旬には、浜で地元警察にSS活動家が取り押さえられる映像がユーチューブで公開され、世界各国に「シー・シェパードVSデンマーク」のニュースが大々的に報じられた。
拘束されたときには地元住民から拍手がわき起こった。
これまでに7人が拘束されており、今後、法的措置が下される。
◯シーシェパードの活動家が取り押さえられるユーチューブ映像
https://www.youtube.com/watch?v=YsGI5zQ3Lr8
現地では「グリンド」と呼ばれ、1千年以上も前から、追い込み漁が続けられてきた。
クジラやイルカの捕獲数や捕獲方法を記した記録は1587年までさかのぼることができるのだという。
気候条件や地理的条件から農業の発展が難しかったフェローの住民は、海洋に生きる糧を見いだし、命をつないできた。
年平均で約800頭のゴンドウクジラが捕獲され、母なる海から貴重なタンパク源を得てきた。
現在のフェロー諸島の人口は現在5万人。
漁の仕方は全ての島民に受け継がれている。
漁師たちが沖でクジラやイルカの群れを見つけると、他の漁船にも連絡を取り合って、そのポイントに集結する。
そうして、互いに協力し合って、群れを漁船で囲むようにして湾に追い込む。
群れが発見された情報は、瞬時に陸側の街々に伝達され、浜では多くの住民たちが銛を準備して、待ち構える。
漁船に追い込まれた群れが陸に近づいたときに、男たちが一斉に波打ち際に駆け寄り、クジラを仕留めるのである。
●シー・シェパードが作成したフェロー諸島の追い込み漁を批判するポスター。地元の鯨肉を持っている子供を「殺人者」と罵っている。SSは子供を宣伝材料に使う事も厭わない。
和歌山県太地町の追い込み漁でも、湾内でイルカを仕留めることは「残虐だ」と非難されているが、フェロー諸島では、太地よりも壮大なスケールで捕獲が行われるため、大量の血がクジラから吹き出て、海が真っ赤に染まる。
漁は最初から最後までまったく隠すことなく行われる。
子供たちも漁に参加して、親や祖父からクジラを仕留める方法を教わる。
島に捕鯨という職業はないのだという。
誰もが別の本業を持っていて、携帯電話やラジオを通して「これからクジラを追い込む」と呼び出しがあり、漁に参加する。
そうして、群れの全てのクジラを仕留めた後、警察署長が伝統的な計算方法を使って、無料で各世帯均等に鯨肉を分配する。
住民は自分たちで食肉処理を行って、各家庭に肉を持ち帰るのだ。
米国の研究者によると
「フェロー諸島の捕鯨は、世界中で最も長い間、やり方が変更せずに続けられてきた。
コミュニティー全体が参加する漁なのだ」
と指摘している。
■地元の食文化を阻止するシー・シェパード
鯨肉はステーキ用に焼いたり、日干しにして保存食にしたりする。
地元の住民は「フェローでは、日干しされた鯨肉はとっても日常的なもので、ごちそうだ」とも語っている。
鯨肉を薄くスライスして、刺身でも食べるのもフェローの地元料理だ。
脂身はポテトと一緒に重ねて食べる。
シー・シェパードに限らず、クジラやイルカを食用にするフェローの文化は、欧米各国はもとより、デンマークの本土の一部の人たちからも批判されてきた。
しかし、フェロー諸島の自治政府は、海がクジラの血で真っ赤に染まる様子も
「大自然の生き物が織りなすドラマチックな鮮血の色なのだ」
と反論する。
さらに、
「大自然の資源を使うのは、フェロー諸島の島民の権利。
ゴンドウクジラ漁は厳格に管理されており、持続的可能であり、フェローの暮らしの一部なのである」
と反論している。
シー・シェパードはこうした地元の食文化を阻止しようとしているのである。
ポール・ワトソン容疑者は「野蛮な方法であり、どの文明化した社会でもありえない」と主張している。
■今年5月、追い込み漁に関する法令が改正
昨年、フェロー諸島には約500人のSS活動家が訪れ、漁に対する妨害が行われた。
うち14人が違法妨害を行った罪で逮捕された。
この教訓をもとに今年5月に、追い込み漁に関する法律が改正され、悪質な妨害行為を働いた者に関しては、最大で約2年の禁錮刑、約2万5千デンマーク・クローネ(約47万円)を科すことにした。
●デンマークの風刺画家が描いたシー・シェパードの様子を表わす作品。
SSのカリスマ、ポール・ワトソン容疑者が人形師として活動家を巧みに操っている。活動家は「恥を知れ」「今すぐ寄付を」「デンマーク・ボイコット」などの看板を持っている。
一方、フェロー諸島自治政府は、追い込み漁に対する情報発信も積極的に行っており、専門のHPでは、漁の歴史やゴンドウクジラの生態、料理方法、規則などのほか、フェロー諸島全般についてわかりやすく学ぶことができる。
◯フェロー諸島自治政府の捕鯨専門サイト
http://www.whaling.fo/
自治政府内では、英語ができる広報専門官も置いており、世界各国のメディアから問い合わせがあると、迅速な対応を行う。
メディアの報道がシー・シェパード側の一方的な宣伝に偏り、間違いが散見されたときも、公式HPできっちりと反論する。
6月にも米誌ニューズウィークの追い込み漁に関する記事に「重大な事実誤認があった」と公式声明を発表した。
「今回、取材や記事の執筆に当たり、ニューズウィークの記者がフェロー当局や他の関係者にまったく連絡しなかったことに驚きの念を禁じ得ない」
とも指摘、同誌の誤りを質した。
一方、日本ではフェロー諸島で行われているような過激活動家に対する法整備や、行政機関の迅速で客観的な情報発信は立ち遅れたままだ。
和歌山県太地町には今年9月から解禁される追い込み漁でも、例年同様、シー・シェパードの活動家が大挙として押し寄せる可能性もある。
人口3千人の太地町では対応にも限界があり、一義的には和歌山県が積極的で迅速な対応をすべきと考える。
専門のHPを開設したり、世界中のメディアの記者に対応するため、英語ができる広報専門官を置くことは、低予算ですぐにでもできるはずだ。
追い込み漁の実態をオープンにして、漁が行われている時期に、日本の特派員らを招待して、太地町へメディアツアーを行うのも一考の価値があるのではないだろうか。
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【中国の盛流と陰り】
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